例えば世界が逆さまになっても




彼女と出会った日から、俺の中で、彼女への憧れはどんどん膨らむばかりだった。
優しくて強い、そして目標に向かって努力しようとする彼女の姿は、俺には無い物ばかりに思えた。

きっと、そのせいだろう。俺は、あれ以来、あの図書館には通えなくなっていた。
咄嗟に嘘の名前を教えてしまった弱い俺は、憧れの彼女に会わせる顔がなかったのだ。

もしかしたらもう既に俺の嘘がばれているかもしれない……そんな懸念もあったけれど、数ヵ月経っても、同じクラスの成瀬が例の一年生と接触してる気配はなく、ひとまず、俺はホッとしていた。


けれど、彼女の志望大学は俺と同じだ。学部までは聞いてないが、同じキャンパスに通う可能性が無いとも限らない。
そう考えた俺は、もし、仮に、万が一にも彼女と再び会えたとしたなら、そのときは、あのとき咄嗟に嘘を吐いてしまったことを謝って、そして自分の名前を今度は嘘吐くことなく伝えたいと思った。

そしてそのために、自分に自信が持てるようになりたいと思った。
せめて彼女の前に立ったとき、自分が見劣りしてないだろうかと不安にならない程度の自信を……そう思ったその日から、俺の努力がはじまったのだ。



まず取っ掛かりとして、一番わかりやすいところで、外見を変えてみようと思った。
食べ物の好き嫌いを改善し、なるべく栄養を考えた食事に変えた。
面倒くさがりで運動も避けていたけれど、軽いストレッチからはじまり、ストレスにならない範囲で体を動かすよう心がけた。
それまであまり気にしてなかった服装や髪型を、少しずつ勉強していった。

次に内面。
人見知りや暗い性格は努力ではどうにもならないと諦めていたけれど、それでもどうにかしたいと強く思い、自分なりに色々チャレンジしてみた。
本を読んだり、イメージトレーニングを繰り返し、メンタル面でも俯きがちな思考をあれこれ試して、俯くたびに引き上げようと心がけた。

すると、何が功を奏したのかは定かではないものの、しばらくして、わずかばかりの、本当に些細な変化が、訪れていったのだった。








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