例えば世界が逆さまになっても
『え?いえ、そんなんじゃないですけど』
『本当ですか?彼女さんとかと待ち合わせしてたんじゃないですか?』
『まさか。彼女なんていませんから』
即答すると、彼女は驚いた表情を見せてきた。
『本当に?すごくモテそうなのに…』
『モテるわけないですよ。そんなの、例え世界が逆さまになってもあり得ない話ですよ』
それこそ即答だった。
なのに彼女は、
『例え世界が逆さま……?』
その文言に興味を示したのだ。
『あ、いや…』
しまった。何も考えずに言い返したせいで、おかしな口癖が出てしまった。
だが誤魔化そうと焦る俺に反し、彼女はピカピカッと五月の陽光が反射するように眩しい笑顔を見せたのだ。
『面白い言い方ですね。例えば世界が逆さまになっても……天地がひっくり返ってもって意味ですよね?』
『そうですけど……なんかすみません』
俺は恐縮してしまい、無意味に謝っていた。
すると彼女は『どうして謝るんですか?ユニークなだけで、素敵な表現だと思いますよ?』と、不思議そうな様子だった。
だがすぐに話題を変えてくれた。
おそらくは、縮こまった俺の態度に気を遣ってくれたのだろう。
『それにしても、本当に、ただ寝転がっただけなのに、こんなにも見え方が変わるんですね。教えてくれてありがとう!』
芝生に寝そべったまま、くるりと俺に顔を向けた彼女。
座って彼女を見下ろしていた俺は、彼女と目が合い、陳腐な表現だがまるで落雷を受けたような刺激が、全身を突き刺した感覚がした。
無邪気な彼女の満面の笑みが、そうさせたのだ。
――――この笑顔を、もっと、見ていたい。
そんな願いが湧いてきたと思えば、やがてそれは、願望へ、そして欲望へと名前を変えて、彼女をただひたすらに求めていくことになる。
俺と若菜が恋人になったのは、それから間もなくのことだった。