例えば世界が逆さまになっても





……許せない。


わなわなと怒心が湯気を立て、ゆらめいていく。

あいつなら、若菜の隣にいる男として俺よりも相応しい―――そう思ったから俺は身を退いたのに。
その成瀬がこんなこと………許せない。絶対に。

俺は、つま先から髪の毛一本一本に至るまで、体じゅう、心じゅうが、成瀬に対する激怒でひしめいていた。
そして腹の底に溜めていた感情を、我慢することを放棄したのだった。



ロビーに向かう俺の足は、さぞかし唸るような槌音を鳴らしていたことだろう。
目的はただひとつ。若菜だ。

ところが、ロビーにいると言ってた奴らの話は正確ではなく、俺はフロント側から奥のエレベーターホールまでを見回したが、若菜の姿はなかった。

見落としたか?
いや、そんなはずはない。
俺が若菜を見逃すわけないのだから。

そこには確固たる自信があった俺は、ロビーから離れ、エレベーターホールとは反対の奥にあるラウンジに目を向けた。

そして、見つけた。
四年ぶりの、若菜を。


最後に会ったときより、少し痩せているけれど、一緒に過ごしたあの頃と面影は変わらない、俺の大切な女の子。
好きで好きで仕方なくて、自ら手を離してしまった恋人。
でもそれは、こんな風に傷付けるためなんかじゃないんだ。

俺は、四年ぶりに再会できたという歓喜よりも、ただただ、若菜を傷付ける成瀬から、若菜を引き離したい、その想いしかなかった。


「友樹……?」


戸惑いの声をあげる若菜に構うことなく、ぐいぐいと腕を引いて俺の部屋に向かう。
途中で成瀬とすれ違ったが、相手するつもりなど微塵もなかった。

エレベーター前まで来ると、握りしめてる手のひらから伝ってくる若菜の体温とか、隣から感じる若菜の存在する空気が、俺をたまらなくさせた。
それは、怒りが最優越していたしていた俺の感情を、次第に変えていくようだった。

だって、若菜が俺の隣にいるのだ。


別れてからもこの四年間、ずっと好きだった。
自分で別れを告げておきながら身勝手なのは承知の上で、だけど、会いたくてしょうがなかった。
その若菜が、ここにいる――――









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