例えば世界が逆さまになっても




部屋に入るなり、思わず、若菜を抱きしめていた。
きつくきつく、まるで四年分の抱擁をひとまとめにしたような強さで。

そしてその想いのまま、ベッドに押し倒した。

若菜、若菜、若菜……

この髪も、この肌も、この唇も、よく知っている。
四年前までは、確かに俺のものだったのだ。

成瀬が若菜を大切にできないなら、それなら、俺が………

己の感情の熱さが手に負えなくなってしまったのか、俺は、若菜の許しを得ることもなく、その唇に触れようとした。
だがそのとき―――――俺を仰ぎ見る若菜の顔を、まっすぐに捉えることになった。


………ダメだ。ダメだダメだ。何やってんだよ、何やってんだ俺。


すんでのところで、正気を取り戻したのだった。


若菜は抵抗することもなく、俺の腕に囲まれるようにしてベッドに身を預けていて、じっと俺を見つめている。
まるで幽霊でも見るような目をしていた。


………最悪だ。俺はなんてことをしてしまったんだ。


とたんに、後悔の雨が束になって俺に降り注いでくる。
重たくて、冷たくて、どんどん体から血の気を奪い取っていく。

若菜を傷付けた成瀬を許せないと思いながら、今度は俺が若菜を傷付けるところだったなんて……
俺は若菜を閉じ込めていた腕を引くと、体を起こし、若菜から離れた。
そして、一言、掠れるような声で、若菜に告げたのだった。



「………ごめん」









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