愛で壊れる世界なら、


「……っ!」

「え……」

 エルザが息を飲んで身構えると同時、茂みから顔が覗いた。動物でも飛び出すのかと思えば、違う。金の髪に青い瞳の少年が、驚き顔で瞬く。

「君は……?」

 その色彩は、地上に出て初めて感じた眩しさに似ていて、どきりと胸が鳴る。

「な、何が君は、よ。あんたから名乗れば!?」

 とはいえ悪魔以外に出会ったことなどこれまでになく、そのまま近付いてくる少年に怯み、咄嗟に睨んで虚勢を張る。
 少年は目を丸くしたかと思えば、弾けるように笑い声を上げた。そうしてにこり、笑顔を見せる。

「ギリーだよ。名前はね」
「天、使……?」
「うん、君は悪魔だね。名前教えてくれる?」

 ギリーと名乗る少年のしなやかな背には、純白の翼。ふわりと優雅に広がって、主張をするかのよう。
 心臓が騒ぐ。地上に暮らす人間ではなく、天使だなんて。まさか遭遇するとも考えていなかった、悪魔とは相反する存在――。
 物語や噂でしか知らず空想上の生き物なのではとも思っていたが、まさしく天使というものなのだとしたら悪魔を目の敵にしていると聞いていた。なのに目の前の彼にはそんな様子はなく、戸惑う。向けられる、空よりもずっと深い色の瞳が優しく見えて、

「……エルザ……」

 思わず素直に名前を告げていた。
 警戒すべき存在なのだろうと頭では考えられるのに、なぜだか拒もうとは思えなかった。姉以外の近しい者を作らず生きてきたからだろうか、ローディムの外で最初に出会ったからだろうか、それとも、他に何か理由でもあったのだろうか。エルザにはまだ分からない。

 悪魔の少女と天使の少年。まったく違う世界に生きてきた二人はこうして出会った。……出会ってしまった。
 やわらかな光が差し込む、美しい泉のほとりで。

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