天魔の華は夜に咲く
「・・・っ」


センジュは目を覚ました瞬間に驚いた。

目の前にフォルノスの顔が見えたからだ。


「起きたか」


フォルノスの膝枕だった。

フォルノスは部下達を出した後、ソファーに移動しセンジュを自分の膝に寝かせた。


「・・あのひと・・達は・・」

「第一声がそれか。偉くなったものだな」

「どうしたの・・」

「解雇を取りやめた。条件付きだがな」

ボロロ・・とセンジュの涙が頬を伝った。


「何故泣く」

「良かった・・ぐす・・よか・・」

「馬鹿。泣くな。喉に触る」

「誰の・・せい」

「自分のせいだろうが」

「・・嫌い」

「俺もだ」


フォルノスはセンジュの喉に指を当てた。

ほんのりと温かい何かがセンジュの首を覆った。

「何・・」

「回復させている」

「そんな事・・出来るの」

「出来る。他人の為に使った事はないがな」


_そんな力があるなら、きっと・・もっと人を救えるのに。どうしてなんだろう。どうして・・こんなに冷たい人になっちゃったんだろう。


「ジロジロ見るな。うっとおしい」


近くにあったタオルケットをセンジュの目の上に当てた。


「変な事を言っていたろう」

「・・変な事?」

「助けたいと」

「・・うん。変ではないけど」


目を塞がれたセンジュには、フォルノスの声だけが聞こえる。

低く、響く声が耳に入ってくる。


「誰を助けたい」

「え・・っと」

「部下か?」

「・・うん・・魔界の人たち・・かな」

「ふん。急に大それた発言だな」


フォルノスは馬鹿にするように鼻で笑っている。


「今日・・セヴィオと街に行って・・スラムを見たよ」

「・・ああ。あそこか」

「言葉では表せない程・・苦しかった。さっきみたいに・・息が出来なかった」

「・・そうだな。腐った街だ」

「助けたいって思った。ただ・・それだけ」


フォルノスの指がセンジュから離れた。

静かになったフォルノスが気になり、目隠しを取ろうとしたが抑えられた。


「ちょ、何?」

「煩い、見るな」

「・・え?」


そのまま体を起こされたセンジュは驚きで心臓が跳ねた。

突然温かい体に包まれた。

フォルノスの胸の中だった。

トクトクと少し早い鼓動がセンジュの耳に届いた。

フォルノスは黙って目を閉じた。


「フォルノス・・?」

「本気で殺そうと思ったのにな」



_だが出来なかった。期待してしまったらしい、この俺が。人に期待などしたことのない俺が。



センジュはそのままフォルノスの顔を覗いた。

どんな顔をしているのか気になった。

切ない声が耳に届いたからだ。


ジッと覗き込む。


「・・なんだ」

「なにか・・困ってるの?」

「なんだそれは。そんなものはない」

「だって・・」


_さっきの声、凄く寂しそうだった。



「フォルノスには恋人とか、奥さんとかいないの?」

「居る訳ないだろう。他人を信用していないのに」

「一人だからそんな考えになっちゃうんじゃないの?」

「何?」

「私はずっとママと一緒に暮らしてた。2人だったけど、いつも笑顔で居てくれたママの為に、私も同じ様に接したくて家事の手伝いとかやってたんだ」

「それがなんだ」

「大好きな人の為に何かしたいって思ったら、冷たい言葉なんて出てこないんだよ」

「・・・・」


フォルノスは黙って聞いた。


「部下は道具じゃないよ」

「そんな事、わかっている」

「え?わかってるのに・・どうして冷たいの?」

「経験したからだ。何度も」

「・・どんな?」

「何度も裏切られた。信頼をよせたら裏切られる・・信じた者達からそう刷り込まれ、教えられた」

「ぇ・・・」

「死にそうになった事など、今日が初めてじゃない」


フォルノスの言葉に返す言葉が出てこなかった。


「ごめん・・そうだよね。フォルノスは私なんかよりも大人なのに」

「ああ、そうだ」

「辛かったね・・」


センジュは顔を下げ、目を閉じた。


_酷いのは私だな。フォルノスの事何も知らないのに、偉そうに頬叩いちゃった。
何度も命を狙われたから部下にはそう接しようって決心したのかもしれない。
なのに私・・。


一気に落ち込んだ様子のセンジュに、フォルノスは声を殺して笑った。


「まさか落ち込んでいるのか?」

「・・うん・・ごめん。頬・・叩いちゃった」

「ククク・・」

「な、なんで笑うの・・」


涙が止まったというのにセンジュはまた泣き出しそうにフォルノスを見上げた。


「初めて、女という生き物を可愛いと思えた」


ドキン


「え・・」

「他人を。ほんの少しな」



フォルノスは再びセンジュを抱きしめた。


「他人は道具にしか見えない。部下も、女も・・」


その言葉に先日のフォルノスの夜の出来事を思い出す。

まるで道具の様に侍女を抱いていたのだ。


_エレヴォスさんも言ってた。女を道具としか見てないって。



「お前は・・どうやら少し違うらしい」


ドキン


その言葉に心臓が跳ねた。
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