篝火
 


 定時制高校の夜は長い。



 中三の頃、父が莫大な借金をこさえて蒸発してしまったため看護師の母が馬車馬のように働いて、娘の私も少しでもその足しになればと合格した高校を諦めて昼間はスーパーで働いている。

 定時制高校の生徒なんていうのは大概みんなそうだ。いや、この表現だと語弊があるけれど昼間、朝日を浴びて日常を過ごす「一般」とは多くかけ離れていることがここにいる生徒の暗黙の了解でもある。

 朝を迎えるのがむしろ私はおそろしい。ここにいる多くが、夜にほっとしている。明るみに晒されると自分達がどういう姿でここにいるのか、生き様すら明け透けにされてしまいそうで臆病になっているのだ。

 治安が悪く、社会復帰出来ないものが定時制高校になだれ込むというのはあくまで噂に過ぎなかったけれど、一概に0とも言えない。事実滞在していた学校で暴力事件を起こして退学になった金髪の生徒がうちの学年にはいたし、彼は注意されても平然と煙草を咥えて廊下を歩き授業にもまともに出ていない。

 小中といじめを受けて対人恐怖症になり引きこもりを経験した結果ようやく更生した幼馴染みの甚介がいれば、
 そんな咥え煙草の金髪が頭を下げて慕う訳の分からないヒエラルキーも存在する。






 佐橋のことだ。


「ほんと、顔めちゃくちゃタイプなんだよ」

「誰?」

「やだカナちゃん、うちのクラスでカッコいいのなんて、一人しかいないじゃん」
「あとみんなへのへのもへじだよね」
「懐かしい表現。推しにすっごい似てるの、恋愛アプリに出てくる、声も似ててね」
「今度一番くじ買いに行かないと…」


 きゃいきゃい、と盛り上がる同級生のスマホに見目の整ったキャラクターが映っていて、二人であいみみをしながら甘いボイスに酔いしれて発狂する様を、休み時間に見ていた。

 佐橋は見目が整っていた。恐ろしいほどあどけない様子で、運動も出来、また勉強も出来、異常な程の生徒からの厚い信仰があった。多少横暴な振る舞いも許されていたのはその佐橋が目をつけたのが毎日風呂に入ってもハエがたかるような脂症の甚介で、

 それを全員が忌み嫌っていたからだ。



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