片思いー終わる日はじめる日ー
「――――だな。穿孔(せんこう)しちゃってるかなぁ。エコー用意して」
 アッペ? ホッペ?
 なにそれ、なにそれ。
 どうなっちゃったの?
 (ばく)、死んじゃうの?


 麦があたしの手を離さないから、あたしも救急車に乗った。
 いっしょに乗った中井が救急隊のかたと話をしていたけど、あたしはきつく握られている自分の手のことしか考えられなくて――。
 その手を握り返すことしかできなくて――。
 中井。
 中井。
 どうしよう。
「大丈夫よ……。盲腸だって」
 中井が耳元でささやく。
 モーチョー?
 モーチョーって盲腸炎?
 そんなので死なないよね、中井。
 麦、大丈夫だよね?
「大丈夫よ。…大丈夫よ、相田(あいだ)
 白い毛布につつまれて、苦しそうにうめいている麦にはもう、あたしたちがここにいることもわからないみたいだ。
「大丈夫、先生や看護師さんにまかせておけば。ねっ……」
 そう言う中井の指先は、にぎりしめて真っ白。
 突然、看護師さんの声が大きくなった。
「……でも先生、ご家族とまだ連絡がとれないんですが」
「とれないってきみ、父親はまだ会社なんじゃないの? そっち、電話してみた?」
「それが先生、搬送調書には、この患者さん、ひとり暮らしで、父親はスイスに行っているって。母親は亡くなったそうですし……。通いのお手伝いさんがいるっていうんですけど、この番号呼んでもだれも出なくて」
「だれも出ないって、困るよ。…こりゃ、破裂してそうだぞ。同意書がなけりゃ、すぐオペってわけには――…」
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