夢みたもの
ユーリの演奏は終盤に差し掛かった。

曲は徐々にdim.がかかって小さくなっていく。


崇さんは嬉しそうにその演奏を聴きながら、ポツリと感心するように呟いた。


「さすが、腕は落ちてないな」

「・・・え?」


首を傾げたあたしに、崇さんは苦笑してみせた。


「この2年間、悠里はピアノからも遠ざかっていた。だから、悠里の演奏を聴くのは久しぶりなんだ」

「・・・・・」

「杏奈が生きていた頃は、杏奈の為に毎日弾いていたけれど・・・、事故があった2年前から、いくら僕が勧めても、悠里はピアノに触れる事すらしなくなった」

「・・・・・」

「でも、ひなこちゃんの前だと弾いてくれるみたいだ」

「そんな事・・・」


あたしが口籠もると、崇さんは小さく手を振って笑った。


「気にしなくていいよ。僕は、悠里がピアノに向かってくれるだけで嬉しい」


「だって、ほら?」


崇さんはそう言うと、店内をぐるりと見回す。

つられて振り返ったあたしは、ピアノの周りに集まった人集りに驚いて目を見張った。



< 196 / 633 >

この作品をシェア

pagetop