夢みたもの
葵は、余り家の事を話さない。

あたしが知っている葵の家の事情は、ほんの少しだけ。


それでも、葵の立ち居振る舞いを見ていると、厳しく躾けられている事は分かる。

あたしは茶道に詳しくないけれど、伝統を継承していく事はやっぱり大変なんだろう。



「ひなこ、もう帰る?」


葵は窓の外を見ながらそう言った。


「大分遅くなったわ。引き止めてごめんね」


日が傾いて、西の空は赤く染まりつつあった。


「うん。練習も終わったし帰る。今日もごちそうさまでした」

「こっちこそ、無理に付き合わせちゃって悪かったわね」

「気にしないで良いよ?暇してるのは事実だもん」


あたしが笑うと、葵もつられて小さく笑った。


「本当に送らなくて良いの?もう少し待ってくれたら車で送るけど」

「うんん、それはホント遠慮しとく。歩いて帰れるし、葵の家の車、立派過ぎるんだもん。何か気が引けちゃう」

「そう?」


葵は一瞬、瞳を揺らしてあたしを見た。


「葵?」


そう声をかけた時には、いつもの涼しい視線をあたしに向けて首をかしげている。


「なに?」

「あ、うぅん。何でもない」


そう言って誤魔化すと、あたしは荷物を抱え直す。


『じゃぁ、また明日』


いつものようにお互いそう言うと、あたしは葵に手を振って茶室を後にした。

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