おうちかいだん
「でも、私は稲葉くんには用はないんだけどな。私も人を待ってるんだよね」


私がそう言っても、稲葉くんは諦めるどころか教室の中に入って来て、私の隣の席に腰を下ろした。


「じゃあ、その人が来るまで僕と話をしようよ。お互いのことをもっと良く知れば、僕達の関係性も変わるかもしれないでしょ?」


本当に綺麗な笑顔。


思わず触れたくなってしまうほど、美しい肌をしていて、気付いたら私は稲葉くんの頬に手を伸ばしていた。


指先が触れる寸前に我に返り、思わず手を引っ込める。


「ご、ごめんなさい。私ったら何をしようとしたんだろうね……」


「藤井さんになら何をされてもいいよ。でもまずは、話をしてからね」


そう言って私の手を取り、両手で包み込むようにして握り締めたのだ。


なんだか……懐かしさを感じる温もりだな。


「だったら、何か怖い話をしてほしいな。太陽が沈みかけて、夜になる前の時間って、すごく短くて特別な感じがしない? 何かが……近付いて来てるような」


突然怖い話をしてほしいなんて言えば、普通だったらドン引きするかなと思ったけど、稲葉くんにはどうやらそれは通じなかったようだ。
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