拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着愛が重すぎます!~

27.引けない事情がありまして。



 その夜、フィアナは王宮にいた。

 もう一度、言おう。フィアナは王宮にいた。

「にゃ、にゃ、にゃんで、私たち、こんなところ来ちゃったんですか!?」

「なんでって、私に聞かれてもねえ」

 バルコニーの物陰で、顔を青くしたフィアナが声を殺してキュリオに詰め寄る。だがキュリオはあいまいに笑い、満足そうにフィアナを眺めるルッツに視線を送るだけだ。

 そのルッツはというと、腕を組んで何度も頷いていた。

「うん、うん。さすが子猫ちゃん。黒のドレスも、化粧した姿も、すっごく可愛いよ。マダムに頼んで正解だったな。あとは『小道具』をつければ、黒うさぎちゃんの出来上がりだ」

「ルッツさん、警備隊の人なんですよね? なんで、王宮のパーティで余興の幹事なんか任されているんです……?」

「んー。任されているっていうか、俺が好きでやってるって感じ? 楽しいじゃん、アレコレ仕込んで皆を盛り上げるのはさ」

 答えになっていない答えを残し、ルッツはいたずらっぽく小首をかしげる。彼はひらりと身をひるがえすと、後ろ手を振りながら奥の『準備部屋』へと去っていった。

「じゃあ、俺はちょっくら、ほかの連中の様子も見てくるよ。君らは、そこに用意した軽食でもつまみながら適当に楽しんでいてくれ」

「あ、ルッツさん! ……行っちゃった」

 引き留めようとした手を下ろし、フィアナはため息を吐いた。

 今晩のパーティの余興を手伝って欲しい。ルッツの頼み事というのは、それだった。

 ……最初は断ろうと思ったのだ。頼み事をするにしても唐突すぎるし、あらためて考えてみてもルッツという人物は怪しい。

 けれども、なぜか後から話に加わったキュリオが、やたらとルッツの肩を持ったのだ。

〝一度くらいパーティってものを間近で見てみるのも、話のネタにいいと思うぜ。な? マダム・キュリオも、そう思うだろ?〟

〝え!? え、ええ、そうよ、フィアナちゃん! 話のネタに、すごくいいわ!〟

〝キュリオさん、さっきからルッツさんにイエスマンすぎませんかね……?〟

 不審に思いつつ、ルッツの押しとキュリオの謎の後押しに負けて、最終的にフィアナは了承してしまった。それで急遽キュリオに出来合いのドレスを貸してもらい、迎えに来た馬車に行先も知らずに乗りこんだ次第である。

(まさか、ぺろっと用意してもらった馬車の行先が、王宮だなんて思わないじゃない)

 遠い目をしつつ、フィアナはそろりと窓から離れて振り返る。そして、すっかり寛いで軽食を頬張るキュリオに半目になった。

「……キュリオさん、なんでそんなに落ち着いているんですか? ていうか、ルッツさんのことも知っていましたもんね。今日の会場が王宮なのも、最初から予想ついていたんじゃないですか?」

「なんのことかしら??」

 目を白黒させつつ、キュリオはワインをぐびぐび飲む。空になったグラスに再び自分でワインを注ぎながら、キュリオはごまかすように笑った。

「それを言ったら、フィアナちゃんもじゃない? 今日はエリアスちゃんからも、パーティに出席するって聞いていたもの。場所はともかくとして、こういう大きな会だってのは予想ついたんじゃない?」

「そ、それは」

 鋭いところを突かれて、フィアナは視線を泳がせた。

 キュリオの指摘は半分当たっている。ルッツに誘われたとき、真っ先にエリアスの顔が浮かんだのだ。エリアスが出席するというパーティと、ルッツが付き合ってほしいというパーティは、同じものじゃないだろうかと。

 そして期待した。ルッツの誘いに乗れば、エリアスに会えるのではないかと。

 誤算だったのは、エリアスが渋々パーティに参加するということを失念していたことだ。彼ははっきり言っていたじゃないか。基本的にはのらくらかわしているが、一部断り切れなかった分だけ――王が出席する規模のパーティだけ、出席しなくてはならないと。

 欲に目がくらんだのが、運の尽き。そんな言葉が頭に浮かび、フィアナは顔を赤らめてそっぽを向く。そんな胸中を知ってか知らずか、キュリオはグラスを揺らして呑気に笑った。

「ねえ、ねえ。せっかくだし、エリアスちゃん探してみない? この中のどこかに、あの子もいるはずだもの。バルコニーに出て、手分けして探せば……」

「ダメですよ! エリアスさんに見つかっちゃったら、どんな騒ぎになるか!」

「ええ? まあ、そうねえ。エリアスちゃん、どんなお偉方と一緒にいようが、フィアナちゃんを見つけたらすっ飛んできちゃいそうだものねえ。けど、向こうから私たちを見るには、見上げなきゃいけないもの。注意すれば、気づかれちゃうことはないんじゃない?」

「その油断が甘えなんです! エリアスさんに髪の毛一本見つかっただけでも、私がいるのがバレちゃうんですから!」

「さすがのエリアスちゃんも、そんな謎スキルはないと思うわよ……?」

 フィアナだって信じたくはないが、本当なのだから仕方がない。注意深く物陰に隠れるフィアナに、キュリオがやれやれと肩を落とす。そして、「仕方ないわねえ」と立ち上がって窓に近づいた。

「エリアスちゃん、エリアスちゃん、っと……。――――あ」

「え? もう見つけたんですか?」

「え!? い、いいえ!? あらぁ、エリアスちゃん、どこにいるのかしら?」

「誤魔化すの下手すぎですか。ていうか、どうして隠すんですか?」

 気になったフィアナは、キュリオの背後に身を隠してこっそりとガーデンを見下ろす。そして、キュリオの視線の先に目を向け――小さく息を呑んだ。

 そこには確かに、エリアスがいた。パーティ用の正装なのだろう。店に来る時のようなラフな格好とも、何度か見たことがある仕事着とも違う。白銀の髪と澄んだ湖畔の色の瞳を邪魔しない、白を基調とした華やかな衣装。その静謐とした美しさはどこか近寄りがたく、幻想的とすら言える。

 そしてもう一人。彼の傍らには女がいた。

「――見つけたんだ? ふたりのこと」

 驚いて振り返れば、いつの間にかルッツが戻ってきていた。彼はフィアナたちの横に並ぶと、エリアスと、彼に熱心に話しかける女とを眺めた。

「アリス・クウィニー嬢。父は豪商で、政治献金も多い。クウィニーはアリス嬢をエリアスに嫁がせて、政界とのコネを強めたいんだ。大方、息子の一人を政界に送り込む算段でも立てているんだろう。で、アリス嬢本人も、父親の思惑とは別にエリアスにぞっこんだ」

 ルッツのエリアスの呼び方が「ルーヴェルト宰相」ではなくなったことにも気が付かず、フィアナは食い入るようにエリアスたちを見下ろす。

 その視線の先では、可憐で清純なアリス嬢が、恋する乙女の瞳でエリアスを見上げ、その手を彼の腕に絡めていた。

 呆然と立ち尽くすフィアナの横で、ルッツは無慈悲に続けた。

「宰相という立場で言うなら、エリアスにとっても悪い縁談じゃない。クウィニーはとにかく金持ちだ。金があるというのは力になる。あの年で宰相の地位についたあいつにとって、強い後ろ盾になるだろう」

「……あの、もうその辺で」

 フィアナを気遣ったのだろう。控えめながらも、キュリオが口を挟む。

 眼下では、アリスが花のような笑みを浮かべ、熱心にエリアスに話しかけていた。その間も、彼女の腕はエリアスの腕に固く絡みついている。それはまるで、仲睦まじい恋人たちの一場面のようで、フィアナの胸はずきずきと痛んだ。

 そんな中、ルッツは一転して声の調子を明るくし、やれやれと肩を竦めた。

「と、まあ、ここまでが概況だけど。子猫ちゃんも想像がついているだろうけど、あいつはアリス嬢の求愛を受け入れるつもりは毛頭ない。いかんせん、相手が相手だから無下にはできないが、恋愛攻防戦という意味ではひたすら平行線をたどっているな」

「そんな! どうしてですか!」

「は? どうして??」

 ルッツは意外そうに目を見開いた。そうして彼は、考えるように顎をかいた。

「そうだなあ。あいつがアリス嬢と結婚するべきじゃない理由はゴロゴロあるんだけど……。そんなのが霞んじゃうくらい大きな『事情』を、君は知っているでしょ?」

 微笑みかけられ、フィアナの心は一瞬喜びに沸いてしまった。けれどもすぐに、そんな自分を恥じるように、フィアナは視線を落とした。

「でも、それって正しいことでしょうか。エリアスさんは宰相で、えらい人で……。そういう、あの人が背負っているものをちゃんとわかってあげられる人と、エリアスさんは幸せになるべきじゃないんでしょうか」

「……ふーん。それが、あいつが手をこまねいている理由、か」

 ぼそりと、ルッツが呟く。よく聞き取れずに首を傾げるフィアナをよそに、彼はぐっと身をかがめると、低い声で囁いた。

「ちなみにあの女、たったいま、エリアスのグラスに薬盛ったぞ」

「えっ」

「はい!?」

 ぎょっとしたフィアナとキュリオは、同時に窓ガラスに張り付く。そんな彼らを横目に、ルッツはくつくつと愉快そうに笑った。

「エリアスの奴、いつも以上にアリス嬢に絡まれて、めんどくさくなってんだな。明らかに注意が散漫だ。おかげで、堂々と隣で妙な薬注がれてるのに、ちっとも気づかないでやんの」

「ちょ、ちょ、ちょっと! 笑いごとじゃないでしょ!?」

「そうですよ!! 毒かもしれないじゃないですか!」

「ん? いーや。エリアスに惚れ込んでるあの女が、そんな物騒なもん仕込まないさ。大方、惚れ薬か眠り薬か……。まあ、それを使って既成事実ぐらいは作ろうとしているかもな」

「きせっ!?」

「なんでご令嬢が、そんなものほいほい持ち出すのよっ」

 顔を真っ赤にしたフィアナの耳を塞ぎながら、キュリオが抗議する。すると、ルッツはにやにや笑いながら答えた。

「あの女、虫も殺せないって顔をして結構な問題児でさ。学生時代には周りの男を味方に、別のご令嬢に言いがかりをつけて退学寸前まで追い込んだり。卒業後も、結婚間近だった元取り巻きを媚薬で誘惑して破局させたり。大抵周りにいる誰かが庇うか、父親が金でもみ消すから、表沙汰にはなってないけどな」

「え!? あの噂って、あの子のことなの!?」

 ぎょっとするキュリオの手を、ルッツが外す。そして、戸惑うフィアナの顔を覗き込んで、「選びなよ、子猫ちゃん」と言った。

「このままだと、清純な振りをした性悪にアイツを捕られるぜ? ――それとも、君がエリアスに対して抱く気持ちは、その程度のものだったかな?」

 フィアナの瞳は揺れた。けれども、動物園での彼を――同じキーホルダーを渡したときのエリアスの嬉しそうな顔が瞼の裏をよぎり、フィアナははっとした。

 次にルッツを見上げたとき、彼は「いい眼だ」と不敵に笑った。

 いつの間にかフィアナたちの後ろには、隣の準備部屋で支度を終えたらしい、ほかの『うさぎ』が並ぶ。一同を満足げに眺めてから、ルッツはパンッと手を叩いた。


「さぁて、そろそろ始めようか。――狩りの時間だぜ、子猫ちゃん?」

< 112 / 164 >

この作品をシェア

pagetop