拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着愛が重すぎます!~

64.宰相閣下は無職になりまして。




(さてはて。あの父を、どう説得したものでしょうか)

 翌朝。身支度を整えグレダの酒場から城へと向かったエリアスは、馬車の中で頭を悩ませていた。

 ちなみに馬車は、ダウスがグレダの酒場に回してくれた。おそらくエリアスがフィアナのところに逃げ込んだと踏んで、父に内緒でこっそり手配してくれたのだろう。おかげで、宰相姿で乗合馬車を捕まえることにならず助かった。

(……まあ、まずは謝るのが先決ですね。昨夜は少々言い過ぎましたし)

 一晩寝て頭も冷えたこともあり、エリアスはひとり腕を組んで頷く。子供時代のことを今更持ち出すなどナンセンスであるし、そもそも、当時の自分は父の立場を鑑みて納得していた。それを後出しジャンケンのように責め立てるのは、いくらなんでもルール違反だ。

 第一に謝る。それから、改めてフィアナと会ってもらえるよう二人にお願いをする。幸い母は味方であるようだから、そちらを突いて約束を取り付けるのが早いかもしれない。なんにせよ、仕事が終わったら今夜は屋敷に戻って父に会わなければ――。



 そんな考え事をしていたから、登城した先の王の執務室で父に出迎えられた時、エリアスは完全に虚を衝かれた。



「こんなところで、何をしているのですか?」

 顔を合わせたら言おうとしたことを丸っと頭から吹き飛ばし、エリアスは純粋に戸惑いの目を向ける。父の背後には、執務席に座る王の姿もある。よく見ると、シャルツの顔にはどことなく面白がるような色が滲んでいる。こういう時は大抵、面倒ごとが起きるのだ。

 顔をしかめ、今度こそエリアスは不審の目を父に向けた。

「陛下にご挨拶しに来たにしては、随分と早いですね。そして、少々外していただけますでしょうか。本日の公務の流れについて、陛下と確認せねばなりませんので」

「その必要はない。それならたった今、済んだところだ。今日からしばらく、陛下をお支えするのはお前ではない。私が役目を負う」

「はい?」

 聞き捨てならない言葉が、父の口から飛び出した気がする。ますます顔をしかめるエリアスに、現役時代を彷彿とさせる、刃のように鋭い視線を父は向けた。

「昨夜、お前と話していてよくわかった。お前には心構えが足りない。そんな状態のお前が、陛下のお隣にいることを前宰相として見逃せない。しばらく休んで、頭を冷やせ。お前が心を入れ替えるまでの間、私が代わりを務めてやる」

「……はい!?」

 素っ頓狂な声を上げ、エリアスは目を剥く。だが、能面のような父の表情はぴくりとも動かない。これは本気だ。本気も本気、冗談抜きでエリアスから宰相職を取り上げようとしている。

 唖然として魚のようにぱくぱくと口を開いたり閉じたりするエリアス。そんな彼に、シャルツがひらひらと手を振った。

「て、わけだからさ。ちょっくら休暇を取ってきちゃってよ。どうせ、取れなかった休みが溜まってきた頃だろ?」

「んな……っ!? 父の言うことが正しいと、そう思われるのですか!?」

「そうじゃないけどさ。まあ、いいだろ! せっかく休める機会なんだし」

 へらへらと笑いつつ、王は尚も食い下がる。その隣で、父が大きく頷く。……ダメだ。これでは埒が明かない。ついに頭痛がしてきたエリアスは、ぐいと親友に迫った。

「――陛下。ちょーっと、お時間よろしいですか」

「いや、俺もなかなか忙しいんだが……」

「お時間、よろしいですね??」

「お、おう」

 ――黒い笑顔で押し切ったエリアスは、シャルツを隣室の書庫へと連れ込む。扉を閉めてすぐ、壁際に友を追い詰めると、彼の肩越しにドンッと手を壁に突き立てた。

 完全に目が据わったエリアスに、シャルツは乾いた笑いを漏らした。

「おおっと。この体勢は、絵面的によくないと俺は思うぞ」

「茶化さないでください。どういうおつもりですか、貴方」

「どういうつもりもなにも、なんも企んじゃいないけど」

「惚けないでください! じゃあ、なんですか。いつもの悪ふざけってやつですか。いくらなんでも度が行き過ぎてますよ、ほんとにもう!」

 こめかみを押さえて、エリアスは強く頭を振る。その隙に、近くにあった木箱にシャルツはちゃっかり腰かける。さっそく悠々寛ぎ始めた親友に、エリアスは両手を広げて訴えた。

「いいですか? 父が何を言ってきたかは知りませんが、貴方は王で、私は王に指名された正式な宰相です。なんの権利があって、引退したご隠居に仕事を奪われなければならないのですか!」

「あーのーなぁ。文句なら親父さんに言ってくれよ。こっちだって迷惑しているんだぜ? 朝から早々、ひとんちの親子喧嘩に巻き込まれて」

 痛いところを突かれ、エリアスはうっと言葉に詰まる。目を逸らすと、つくづく呆れた目をしてシャルツに見上げられた。

「お前さあ。フィアナちゃんとのこと、アレックスにちゃんと説明してなかったのかよ。ダメだろ、それじゃ。外堀を埋めるならまず身内から、だろ」

「……正直、父にこんなに反対されるなんて思わなかったんですよ。むしろ心配していたのは母の方で、そっちの説得方法は、色々考えてきたんですが……」

「まあな、俺も意外。けど、こうなったら親父さんを説得するっきゃないだろ。骨が折れるぞ~? あのアレックスが、聞く耳を持つかどうか……」

「面白がらないでくださいよ……」

 にししと笑ってみせる王に、エリアスは首を振る。

 しかし。やはり、この男を切り札にするしかないかと。冷静にシャルツを見下ろし、エリアスはそのように頷いた。

 昨夜は説得に失敗したが、改めて考えてみても、シャルツが自分たちの理解者であるアドバンテージは大きい。頑固な父も、王自らが推薦する女性となれば、少しは認識を改めてくれるはずだ。

 ……この借りは、何倍にも高くつくだろう。しかし、すべては大天使なマイハニー・フィアナと一緒になるため。そう腹を括って、エリアスはがばりと頭を下げた。

「シャルツ! 貴方に一生のお願いがあります!」

「ふーん? なんだ? そんなに畏まって」

「ちょっとでいいんです。フィアナさんと会うように、父に言ってくれませんか?」

「ほーお?」

 シャルツの声に、笑いの色が滲む。エリアスがこう頼んでくることを分かった上で、静観してきたのだろう。このサディストめ。内心でそう罵りながら、声だけはしおらしくエリアスは続けた。

「シャルツも、フィアナさんのことはよく知っているでしょう! あの方と会えば、父もきっと考えを改めてくれる。けれど、会ってくれないことには何も変わりません」

「なるほどなあ。一理ある」

「シャルツ。貴方には感謝しています。これまでも、何度も私たちを応援してくださったこと。あと一押し、力を貸してほしいんです。フィアナさんは素晴らしい女性だと。ぜひ彼女と会ってみるべきだと。そう、父に言って欲しいのです」

「なるほどなあ。俺も、フィアナちゃんは応援したいしなあ。どうしようかなあ」

 もったいぶってシャルツは何度も大きく頷く。いい加減エリアスが焦れた頃、シャルツはいっそすがすがしいほどの満面の笑みでこう告げた。

「やだね!」

「………………は!?」

「だってさー。禁じ手が過ぎるでしょ! 俺が口出しちゃったら、親父さんも断れないじゃん。そんな風に無理やり従わせてもいいことないと思うなー。お前たち二人への印象、却って悪くなっちゃうんじゃないかなー」

「そ、その可能性はありますが、ですが……!」

「それに」

 よっと声を立てて、シャルツが立ち上がる。思わずひるんだエリアスを、先ほどとは逆に壁際に追い詰めると、質の悪い笑みでエリアスの顔を覗きこんだ。

「親父さん相手にタジタジになってるお前、正直見ていてめちゃくちゃ面白い」

 その時、エリアスの中でプチンと何かが切れた。

「ん? ん?」と尚も煽るように、シャルツは顔を覗きこむ。そんな彼を、ブリザードのごとき冷気を全身から漂わせながら、エリアスは絶対零度の眼差しで射抜いた。

「……わかりました。そういうことでしたら、私にも考えがあります。その代わり、どんなことになっても、好きに動いて構いませんね?」

「おうよ。ド派手にぶちかませ!」

「言質は取りましたからね」

 直後、エリアスは勢いよく扉を開けて、王の執務室へと戻る。相変わらず渋い顔をした父が、ふたりを出迎える。

 ちらりと父を一瞥したエリアスは、相手が口を開くより先に声を上げた。

「父上の考えは、よーーーーく理解しました。宰相として、一般庶民の女性との結婚は好ましくない。無理がある。どうあっても、それを覆すつもりはない。そうですね?」

「当然だ。常識的に考えれば、そんなこと……」

「でしたら!」

 つらつらと小言が溢れ出しそうな父を瞬時で黙らせる。空気を吸って、吐いて。自分の中の冷静な部分を探り出し、後悔の芽をつぶしてから、胸に手を当てエリアスは宣言する。


「背に腹は代えられません。私は宰相を、辞任いたします!!」

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