キミと、光さす方へ
「あの子、時々体調を崩すの。だから、心配ないわ」


お母さんの声が聞こえてくる。


「そうですか……」


勇人の声が小さくなり、聞こえなくなる。


そして玄関で靴をはくような音が聞こえてきた。


あたしはそっと上半身を起こす。


勇人が帰ってしまうのが、なんだか寂しいような気分になったのだ。


できれば走って行ってお礼を言いたい。


途中まで送って行ってあげたい。


でも、今のあたしにはできなかった。


自分の手を見つめると、まだ微かに震えていてギュッとキツク握り締めた。


「あなたにならいつか話すときがくるかもしれないわね」


お母さんの声に、あたしはハッと息を飲んだ。


「なにをですか?」


「それは、琴江に任せることにする」


「……わかりました」


そして玄関が開閉される音。


勇人には今のお母さんが言った言葉の意味がわからなかったに違いない。


それでも深く問いただすこともなく、帰ってくれたのだ。


勇人の優しさが胸にジワリと広がっていき、気がつけば手の震えは止まっていたのだった。
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