アンコールだとかクソ喰らえ!

「は? 何お前。暴力反対」
「お前こそ何。相手の話聞かねぇのも勝手に触ろうとすんのもある意味暴力だろ」

 落ちた手から視線を外して、声の方へと上げれば、斜め下からのアングルでも分かるほどにしかめられた来栖の横顔。
 怒って、る、のか……?
 そんな事を思っていれば、ことりと自身の顎下あたりから小さな音が聞こえて、再度視線を動かせば、そこには私の大好きなフラペチーノが置かれていた。

「触るくらい別に良くね」
「良くねぇよ。惚れてる女に自分以外の男が触るとか反吐(へど)が出る」

 私の存在など蚊帳の外で交わされる会話を聞きながら、眼前の甘ったるそうなそれを手に取って、ずるるとすする。
 甘い。甘いなぁ。
 すすった液体もそうだけれど、語尾を強めて吐き出された来栖の言葉にドキッとしてきゅんとしてしまっている私も、馬鹿みたいに、甘い。

「嫉妬かよ。醜ッ。余裕ねぇんだな」
「あるわきゃねぇだろ、んなもん。形振(なりふ)りかまってらんねぇんだからよ」

 ずずず。すずっ。
 飲み終えた透明なカップを持って、無言のまま立ち上がった。

「ミサ?」
「心咲?」

 すると、それまで飛び交っていたふたつの乱雑な音が()んで、ふたつの視線がこちらへと向けられる。
 急に立ち上がった私を(いぶか)しげに見る、二対の(まなこ)。どうしたんだとでも言いたげなそれらに、逆に「どうしたんだ」を送りたい。
 ザクザクと刺さりまくっている数多(あまた)の視線に、ひそひそと垂れ流され続けている数多(あまた)の声。公共の場で喚き散らせばそうなるのは当然だ。

「帰る」

 それに気付かないくらいに白熱するのは勝手だが、私を巻き込むのはやめて欲しい。
< 32 / 38 >

この作品をシェア

pagetop