アンコールだとかクソ喰らえ!

 多少回復はしているとはいえ、まだ完全ではない喉で拒絶を叫ぼうとしても、やはり痛みに負けて、けほりと()せてしまう。
 それを見た元彼、来栖は「大丈夫か、無理すんなよ」とサイドボードに置いてあった水のペットボトルを、蓋を開けてから私へと差し出してきた。

「あらあら、来栖くん、頼もしいわぁ」

 は?
 差し出されたそれを見て、来栖を見て、また差し出されているそれを見れば、母はからりころりと嬉しそうに声を弾ませる。
 何なの。今さら。
 口をついて出そうになったそれを何とか飲み込んで、「ありがとう」と水を受け取った。

「あ、そうだったわ、心咲。お母さん、ちょっと家に帰らなきゃなの。だからもう帰るけど、夕方にはまた来るからね」
「え、別にいいよ。毎日来てくれてたんでしょ? 明日退院だし、今日はゆっくり休んでよ」
「……でも、心咲、」
「私なら大丈夫。検査も終わったし、説明も聞いたし、あとは夕飯食べて寝るだけだから」

 ごくり、ごくり。
 飲み終えたタイミングで、母が申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
 子供じゃあるまいし。
 そんな意図も含めて、大丈夫だと、心配いらないと伝えれば、渋々ながらも母は私の意見に同意した。

「じゃあ、悪いけど、帰るわね」
「うん。気を付けてね」

 ようやく、ひとりになれる。
 そう思ったのに、何故か、扉の向こう側へ姿を消したのは母親だけ。

「……いや何で!」
「え?」
「来栖! あんたもかえっ……げほっ、」

 ぱたり、扉が閉まり。ぱたぱたと靴音が遠ざかっていくのを聞いてから、私は叫んだ。

「叫んだら、ダメだろ」

 そして、()せた。
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