翡翠の森
・・・
そんなことが起きる前触れなど、まったく感じられることもなく。
禁断の森は、今日も平和だった。
なのに、あの不思議な一帯を抜ければ、一瞬にして空気が変わる。
凍てつくような寒さも、ぽかぽかした気持ちのいい陽気も嘘のように、太陽が肌をジリジリと焼いていくのだ。
見慣れぬ車が通ったからか、それとも中にいる異国人が見えたからか。
いや、彼らと一緒にいる女を不審に思ったからかもしれない――とにかく、ざわざわと人の声がして、ジェイダを不安にさせた。
「びっくりさせたみたいだね」
のんびりとした口調でロイは言ったが、その手はぎゅっと握りしめてくる。
少し圧迫されるのを感じるほど、彼の力は強かった。
(大丈夫。ロイがいるもの)
言い聞かせながら、大きく息を吸い込む。
息を呑むのも、溜め息を吐くのもしたくはなかった。
故郷に帰ってきたのだ。
大好きな人と一緒に。
それにはそのどちらも、相応しくないはずだった。
「随分とまあ、丁重なお出迎えですね」
ジンもまた、わざと暢気な言い方をする。
「国賓ですからな。大袈裟にするなと言う方が無理でしょう」
デレクも同じく落ち着いている。
こう見えて二人とも、それなりの経験はあるのだろう。単なる町娘との差かもしれない。
警備されているのか、囲まれているのか疑問だったが、ともかくかなりの人数が目的地まで誘導してくれている。
――クルルの城へ。