ぽんこつ魔女は社畜騎士さまの添い寝役をつとめたい

この屋敷を出よう!



 ◆ ◆ ◆


 今日もとてもいい天気のようです。カーテンの向こうからの日差しが眩しくて、だけど布団から出ると肌寒い。目覚めるには気持ちいいはずの朝。

 だけど、私の脳裏からは夢の光景が離れません。頭がガンガンして、喉も異様に乾いています。

「ギギ……これが伝説の二日酔いでしょうか……」
「みゃあん?」

 身体も辛いです。心も苦しいです。一緒のベッドで丸くなっていたギギを抱きしめようとすると、ギギは私の腕を潜り抜けてしまいました。もしかして、息が臭かったりするのでしょうか……。

 苦笑するしかありません。
 昨晩の陛下とカミュさまの会話を、私は聞いていました。

 覚えています。陛下の『何かあれば、私を殺せ』という命令を、カミュさまがお受けになったことを。

 それでも私は願ってしまうのです。
 私は不幸でいい。それでも、私はカミュさまのことが好きだから。

 だから、どうか。
 カミュさまの迷惑にならない範囲で、そばにいさせてくれませんか?

 私が災いとなるのなら、尚の事。いつか罪人として処分される、その時まで。
 あの人のぬくもりを感じながら、眠ることを許してくれませんか?

「愛人、みたいですね……」

 期間限定で添い寝する異性を例えると、なんと私に相応しくないことか。
 それでも、願ってしまうから。

「……なりたいなぁ」

 そう呟いた時、廊下の方からガチャンと何かを落とした音。何でしょう?

 時計を見れば、カミュさまはとっくにお仕事に行き、クロもそろそろ学校へ向かう時間。

「いけませんっ!」

 わわっ、大変です! ボンヤリしている暇はありません! 今日も私は大寝坊してしまいました! せめてクロに「行ってらっしゃい」しないと!

 足元がおぼつかないし、すごく吐き気がします。それでも慌ててベッドを下りて扉を開くと、クロがしゃがんでしました。クロのズボンが濡れています。そして廊下はびしょ濡れ。クロはコップの欠片を拾っているようです。

「クロ! どうしたのですか⁉」
「はは……ごめんね。ウッカリ落としちゃって」
「謝らないで下さい! 怪我は?」
「全然。大丈夫だよ」

 その言葉にホッとした瞬間、思いました。見上げてくるクロはやっぱり可愛い……というより、なんだか格好良いです。襟元がピシッとした制服がとても似合っているからでしょうか。とても私なんかの弟とは思えないほど金髪が眩しく、顔立ちも気品に満ちています。本当にどこかのお坊ちゃんのようです。

 おかしいですね。この制服姿も、もう何度も見ているはずなんですけど……。これも二日酔いの為せる技なのでしょうか。

 その立派な姿を見て、私は思わず涙ぐんでしまいます。

「クロ……本当に大きくなって……」
「姉さん、生き別れた母親みたいなこと言うのやめて。姉さんはあくまで姉さん……というより、そろそろ――」

 口を尖らせる顔はやっぱり愛らしいですが――と、それどころではありません!

「そうです、クロ! 早く着替えないと風邪引いてしまいますよ!」
「……でも、時間ギリギリだからこのままでいいかなぁ」
「いいかなぁじゃないです! ここは私が片付けますから! さっさっ!」
「うーん。でも自分でやりたいな。姉さんは何もしないで大丈夫だよ?」
「クロぉ〜!」

 どうしてでしょう……私はそんなに頼りない姉なのでしょうか。きっとそうなんでしょう。悲しいですが、私がいくら袖を引っ張っても、クロはチャキチャキとお盆に破片を乗せ続けます。他にも、お盆には水差しが乗っていました。

「お水は……もしかして私に持ってきてくれたんですか?」
「そのつもりだったんだけどね。それよりも具合はどう?」
「頭が痛いですが何とか……」

 改めて聞かれてしまうと、意識せざる得ません。頭が痛いし、胸の奥がムカムカします。

「――て、どうして私が具合悪いこと知っているんですか?」

 この具合の悪さの大半はお酒のせいですが、あの場にクロがいなかったのです。だから私がお酒を飲んだことは知らないはず。それなのにクロは不満そうな顔で言いました。

「あの騎士さんから、昨晩姉さんが酔いつぶれたと聞いて……だから今日は一日ゆっくり休むよう伝えろって命じられたんだ」
「カミュさまが……」

 カミュさま……どこまで私を気遣って下さるのでしょうか。ムカムカしているもっと奥が、ぽわぁと温かくなります。私は、殺すべき相手かもしれないのに。

 私が胸元を押さえていると、クロが立ち上がりました。

「姉さん、この屋敷を出よう!」
「え?」

 えーと……なんでしょう。クロは一体何を言ったのでしょうか?

 屋敷を出る? ここを? どうして?

「クロ……いきなりどうしたのですか?」
「早いうちに――今すぐにここから逃げ出そう! 大丈夫、生活のことなら僕がどうにかするから!」

 本当にクロはいきなりどうしてしまったのでしょう⁉ 私の肩の乗せた手が痛いくらいです。こんなクロの顔は滅多に見ません。これは本当に真剣な時の顔。 

「ど……どうしたのですか? 学校で嫌なことでもあったんですか?」
「そんなことどうでもいいんだ! やっぱり『添い寝役』だなんてふざけた仕事、初めからするべきじゃなかったんだよ! 手遅れにならないうちに早く――」
「落ち着いてください! 最近はクロもカミュ様と仲が良かったでしょう?」
「それは姉さんのためだよ! 僕なりに色々調べるため! だからこそ、やっぱりこれ以上ここにいない方が――」

 私はドンッとクロを押してしまいました。

「私がここにいたいんですっ‼」

 顔を上げれば、クロがとてもショックを受けた顔をしています。

 どうしましょう……今の返答は何かおかしかった気がします。だけど私が口を開くよりも前に、「姉さん……そこまで……」とクロはすぐに表情を歪め、顔を背けました。首の後を押さえています。

 あぁ、クロ。待って下さい。何が手遅れなんですか?
 それを訊こうと、私はクロに手を伸ばします。

 しかし、

「見るなっ!」

 私の伸ばした手は、はねのけられてしまいました。全然痛くないのですが、クロは顔が青くなります。

「ご、ごめん……痛かったよね。すぐに冷やして――」
「いえ、大丈夫ですから!」

 本当に大丈夫なのですが……どうしましょう、空気がより重たいです。

 居たたまれなくて、視線を逸します。大丈夫と振っていた両手を挙げたままにしていると、クロがそっとその手を握ってきました。あたたかくて、大きくて。カミュさまほどではないけど、固い手です。いつの間に男の人の手になったんでしょう……もっと小さくて、柔らかかったはずなのに。

 だけど、クロはすぐに手を離しました。

「僕はもう行くから。姉さんはゆっくり休んでてね」

 お盆を抱えて、足早に去ってしまいます。とても追える雰囲気ではありません。

 私は俯いたまま部屋に戻ります。せめて「行ってらっしゃい」とクロが学舎へ向かう姿を見送りたくて。

 屋敷の門の前には、馬車が待っていました。クロと同じ制服を着た人が何人もいます。クロがそこへ合流するやいなや、鞄をそのうちに一人に渡し、馬車に乗り込んでしまいます。以前は歩いて通学していたはずなのですが……?

 私はクロのお姉ちゃんなのに、最近クロのことがよくわからないです……。



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