ささやきはピーカンにこだまして
「土足であがるな」
 踊り場でかけた声に返ってきたのは、濡れて光るベージュのレインコートの腕。
 壁にどんと突かれた腕がわたしの進路をふさぐ。
「電話じゃ、ダメみたいだから」
 だから?
「わたしの返事はいっしょよ。きみには今日から門脇先輩がつくから」
 どいてよ。
「そんなの聞いてない。ぼくの相手は…ぼくが決めていいって。――結城キャプテンとの約束だっ。ぼくは先輩がいい」
「…………」
 それ……
 どんなつもりで言ってるの?
 聞かせてよ。
 ねぇ、聞かせてよ!
「どきなさい」
 こんな、ふにゃふにゃで、ぐらぐらな気持ち。
 わたしはきみに知られるわけには、いかないの。
「こんなところでぐずぐずしてると、授業が始まるわよ」
「…………」
 (じゅん)の返事は黙ってわたしの前をふさぐこと。
「準、聞こえてるでしょ。やめなさい」
 だれかがわたしの肩に突き当たって進路をかえる。
 朝のせわしい時間に。
 けして広くない階段の踊り場で。
 にらみ合っているわたしたちは、もう注目をさけられない。
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