ささやきはピーカンにこだまして
「やめてよ。それじゃいつキスできるか、わかんないじゃない」
 うっ。
 そのお返事は、わたしの先輩許容量を超えました。
「はい、もらいっ!」
 ポケットをするっと出てきた(じゅん)の手が、硬直したわたしの手から、ハンカチをまた奪っていく。
「やっ、返して、返して」
「ダメ。これはもう、ぼくのだ」
 ふたりして駆けだして。
 気がつけば、そこに観客ひとり。
二紀(にき)!」「二紀っ」
 友だちと姉。
 ふたりに同時に呼ばれた二紀が、体育館の壁に右手をついて左手で頭をかかえた。
「準! 練習さぼってなにしてんだ。こまっちゃんが探しに行くっていうのを押しとどめてぼくがきたのよ? 感謝してよ、姉ちゃんもっ」
「…はい」
 とりあえず神妙にうなづいて。
 ふたりして、顎をしゃくって歩き出した二紀のあとをついていく。
「二紀に言われたくないよね」
「ね。小学生になっても、おねしょしてたくせにさ」
 ささやきあっていたら、振り返った二紀ににらまれた。
「姉ちゃん!」
 ふふーんだ。
「姉ちゃんじゃないもん。八木キャプテンだもん」
「…………」二紀のおでこに青筋がたった。
「いったいおまえってば、こんなひとのどこがいいの?」
 本当にねぇ。
 わたしもそう思いますですよ。
 ふん! と胸を張ったわたしの肩を、準がつんつんと突く。
「ぜ、ん、ぶ」

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