ささやきはピーカンにこだまして
 バスが揺れて。
 彼のうつむいた顔が、ちょっぴりわたしのほうを向いたとき。
 彼の額に、その黒い髪が、

 さら… さら… さら…

 わたしの目はもう、その揺れる髪からはなれなくて。
 もっとこっち向いて。
 ああ、もうちょっと。
 そんなことを思いながら、ずっと、ずーっと、彼を…見ていた。

 彼にとって、そのわたしの無責任で自分勝手な時間が、どれほど長かったか。
 血の気のない頬に、つーっと汗が伝って。
 やっとそれに気づくなんて。
「座って! ここ、座って」
 たぶん声をかけるより先に立ち上がっていたと思う。
 ぎゅうぎゅう迫ってくるダルマたちを肘で押し退けて。
 グリップをつかんだ彼の腕を引いて、座らせて。
「ごめんなさい。気づかなかった。気分悪いんでしょ、すごい汗」
 ごめんね、ごめんね、と心で繰り返しながら、どうしていいのかわからなかった。
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