ささやきはピーカンにこだまして
 そんなわたしに、すみません…て彼はつぶやいたと思う。
 あやまるのは気配りのできない鈍感なわたしのほうなのに。
 だからもう、うつむく頭に光る天使の輪っかが本物の天使さんの証みたいに見えた。
「ちょっと! そっちも窓、少し開けて!」
 震える指でナップサックのジッパーを開けようとしていた彼の代わりに窓を細く開けて。
「これ! これ使ってくださいね。首、楽にして! せめて汗を拭いて」
 ハンカチを押しつけた細い指は震えていた。
 それがこわくてこわくて。
「八木、うるせーぞ。なんだよ、窓、開ければいいのか?」
 だれか、わたしを知ってる男子の声に、ほっとして。
「うん。そっちも開けて。風、通してよ」叫んでいた。
 あちこちから上がった「助かるぅ。くっそアチィ」っていう男子の声には、だったらさっさと座ってる子に開けろとお願いすればいいじゃん、もう。… と、あきれただけだったけど。
「やぁだぁ」っていう女子の声が聞こえたのは怒り。
 念入りにセットした前髪が乱れるとか。
 どうせそんな、うらやましくもくだらない理由で、蒸し風呂みたいなバスの窓をだれも開けないんでしょ。知ってるわよ。

 ありがとう。

 つぶやいて窓にもたれた彼の肩から力が抜けたのがうれしかった。

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