ささやきはピーカンにこだまして
 会場の外の自販機コーナーで、試合中でひと気のないベンチにひとり。
 ポツンと座っていると、シューズのラバーの音をキュッキュッと規則正しく鳴らして近づいてくるひとの気配。
 (じゅん)、だった。

「試合、見ないの?」
 自分だって。
 分厚いドアの向こうのアリーナから、突然わきたつ拍手の洪水。
 それは、ふさいだ耳で聞くようなこもった音だけど、確かにどこかのだれかが勝ちあがって、どこかのだれかが去るのを教える音だ。
「好きなひとのなさけない姿は、見たくないってわけか。けっこうガキだね、あなたも」
 わたしには知らん顔するしかない言葉。
 いたたまれず立ち上がって。
 にらみつけたわたしの目を準は一瞬うけとめて。
 交代するように、すとん…とベンチに腰をおろした。
 その目は、膝のうえで組みあわせた両方の指を、じっと見つめている。
「…………」
「…………」
 そっちが黙ってるなら。
 わたしにはなにも言うことはないよ。
 こんなにも心のなかに土足で踏みこまれて、きみといなくちゃいけない理由はわたしにはない。
 ほやほやの16歳。
 生意気な1年生。
「……じゃ」
「イチローさん……」
 背中にかかった声を無視して会場へのドアにいそぐ。
「そんなことじゃ、いつまでたっても美香さんには勝てないね」
 それは把手に手をかけたわたしを振り返らせるのに充分なセリフ。
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