声と性癖
横並びのカウンター席は、先ほどの割烹よりも距離が近く、声も近い。

その分、結衣の動悸の激しさは増しているのだが、なんとかそれを押さえつけて会話を続ける。
動揺するようなことがあっても、会話を続ける、のも結衣がこの仕事で学んだ技術の一つだ。

仕事モードにしないと、と言い聞かせる。

「高槻さん…」
「はい。」
「なにか、話してください。」

とても、甘い表情で見つめられてそんなことを言われる。

「なにか…って。」
「この際、約款《やっかん》を読み上げるのでも構わないから。」

この際…?!約款?
結衣は自分が、第一条、一項…とか読み上げているところを想像して、ないわ!と否定する。

「あの時、あなたの声を聞いて、本当に安心したんです。大丈夫ですか?とあんな風に聞いてくださる方はどんな方なんだろうか、と思っていました。」

う…ん、しつこいようだけど、それは通常対応なんですけどね。
それと、約款を読み上げろ、とかは……。

なんか、言ってること、おかしくないですか?!

「あなたの透明感があって、羽根がふわりと着地するような柔らかい声。僕の苦手な軋みが全くなくて、優しいあなたの人柄を表すような……。」
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