頑固な私が退職する理由

 ホテルで過ごした翌日、青木さんは有給を取った。
「突然ですみません。本日は有給を取らせてください」
『青木が有給なんて珍しいな』
 部屋が静かなので、電話相手の声が私にも聞こえてきた。声の感じから、山中部長だろう。
 私が隣にいることを悟られると、この状況まで悟られてしまう。私は彼の隣で息を潜めた。
「はい。ちょっと外せない用事ができてしまって」
 そういって彼は私の髪をかき上げるように指を通し、音を立てず額にキスを落とす。
『そうか。チームに必要な指示と引き継ぎがあれば、それだけよろしく』
「ええ、それは済ませてあります」
『仕事が早いな。じゃあ久々の有給、楽しんで』
「ありがとうございます」
 有給を取得する理由は不問とはいえ、できたばかりの恋人との時間を作るためというのはちょっと不謹慎な気もするし、私も一応彼と同じ会社の社員なので罪悪感がある。

 私たちはこの貴重な有給を、楽しいデートではなく私の自宅での熾烈な大ゲンカに使った。
「バレンタインデーはまりちゃんとのデートを優先したくせに!」
「デートじゃなくて企画の相談に乗ってただけだって、何度も言ったよな?」
「あの時だって、いつの間にか森川社長と消えてたじゃん!」
「だーかーら、それも違うって言ってんだろ」
 もちろん、初めからそのつもりだったわけではない。
 何年も両想いだったにもかかわらず愛し合えなかった日々を埋めるため、たっぷりふたりで話をするつもりだったのだが、それがケンカへと発展したのだ。
 私が怒って、彼が言い返して、私が癇癪を起こして大泣きする。
 それを彼が宥めて、お互いに謝って、抱き合ってキスをする。
 でもまた話している間に私が怒る……というループを、少なくとも4回は繰り返した。
 1日のうちに何度もケンカになるなんて、さすがの青木さんも私のことを嫌になってしまうのではないかという不安は、不思議となかった。
 気持ちを確かめ合うことと同じくらい、私たちにはケンカをすることも必要だったのだろう。
 何度もぶつかっては仲直りをして、暗くなった頃には、また裸でベッドに潜っていた。
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