頑固な私が退職する理由

 2月上旬。大陸からの寒波で、厳しい寒さが続いている。
 この日私は定時で退勤し、帰宅ラッシュの地下鉄に乗って最寄駅で降りた。
 外に出ると寒いので、改札を出る前に歩きながらスマートフォンの通話ボタンを押し、耳に当てる。
 司は2コール目の途中で応答した。
『もしもーし』
「ねぇ。あれ、どういうこと?」
 挨拶もせず不躾に問いを投げる。彼はおかしそうに笑い声をあげた。
『ああ、おばさんから聞いたの?』
「聞いた。どうしてあんたと見合いなんかしなきゃいけないの。意味わかんない。ありえない。冗談じゃない」
 私が捲し立てるのを聞いて、司はふたたびケラケラと笑った。
『なんか、親同士の間では前からそういうことになってたみたいだよ』
 司も京都の人間だけれど、彼と話すときは東京(こっち)の言葉だ。大学で全国各地から来た人たちも交えて遊んでいるうちにそうなった。
他人事(ひとごと)みたいに言わないで。ていうかうちのお母さん、あんたは乗り気だって言ってるんだけど」
『あー、それはたぶん、俺がうちの親の話をハイハイ適当に聞き流してたからだな』
 どうせそんなことだろうと思った。
「とにかく、私はあんたと結婚する気とかないから」
『つれないこと言うなよ。俺はおまえと結婚してもいいと思ってるぞ』
「婚前契約書に“不倫1回につき慰謝料1億円”って入れられるなら検討してあげる」
『それは厳しいな。御園家が破産する』
 まじめに取り合わない彼に、「とにかく私にはその気がないから親に期待を持たせるな」というようなことをくどくど話し、寒さで手がかじかむので地下から地上に出たところで電話を切った。
 司の対応にあまり期待はしていないけれど、私がここまで言えば悪いようにはしないだろう。

 今はまだ青木さん以外の人と結婚することなんか考えられない。
 まだ両想いかも(・・)という段階で付き合ってすらいない人との結婚を夢見るなんて、我ながらイタいアラサー女だなぁと思う。
 嫉妬をこじらせた恋愛感情はどんどん重くなっているけれど、それに耐えられる強い自分が恨めしい。

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