緩やかなオレンジ
立ち上がろうとすると慎吾に腕を掴まれて引っ張られた。地面に尻もちをついて「痛っ」と小さく呻いた。
「俺は後悔してる」
掴まれた腕に力がこもるから慎吾から目が離せない。
「素直になっていればよかった。10年前に戻りたいって何度も思って生きてきた。まだ美紀が好きだ」
口元が緩む。私と同じことを思っていたんじゃないか。
「ありがとう慎吾。でも本気で離婚するつもりないから」
「俺も今更離婚しない。でも好きなのは美紀だ。ずっと美紀だけが好きだった。それだけは知ってて」
ふっ、と笑ってしまった。それを10年前に言ってくれていたらと思うとほのかに怒りも湧く。
慎吾と付き合って慎吾と結婚して、今頃慎吾との子供がいたかもしれない。
太陽が海に近づいて沈んでいく。海面に反射した光が眩しくて自然と目を閉じてしまった。すると慎吾の唇が私の唇に触れた。ぴくりと体が跳ねたけれど、その唇を拒絶しようとは思わなかった。それどころかより強く慎吾の唇に自分の唇を押し付ける。
好きだよ。私は慎吾と一緒に生きたかった。その思いに囚われて苦しい。
こんなはずじゃなかった。悩んでばかりの人生を送りたかったわけじゃない。
唇を離すと慎吾は微かに笑ったように見えた。
「これで吹っ切るよ。もう美紀を忘れるよう努力する」
吹っ切る? 慎吾はこんな簡単に吹っ切って前に進むの? 私を置いて?
この丘ももうすぐ整備されて、雑草なんて生える隙もないコンクリートで覆われてしまうかもしれない。
思い出が、私を残して消えてしまう。
「忘れることなんてできないよ……」