コイノヨカン
不意に立ち上がり、パタパタとズボンをはたいた渉さんは、
1歩,2歩私に近づいた。

そして無言のまま、
ギューッと、私のほっぺたをつまみ上げた。

え、ええ。

突然のことに訳が分からない私。

あまりの痛さに
「イタッ、痛いー」
叫んでしまった。

それでも、ギロッと私を睨んだ渉さんは、力を緩めてくれる様子はない。

「前に言ったよな。親に対して乱暴な口はきくなって」

うんうん。
つままれた頬が痛くて、頷くのがやっとの私。

「じゃあ何なんだ。態度が悪すぎだろう」

「ごめんなさい」
謝ってしまった。

半年ぶりの再会がこれではあんまりだけれど、褒められた態度でなかったのは事実。
怒られても当然だと思う。

「いいか、親なんて失ってみないと分からないんだ。大事にしろ。自分が後悔することになるぞ」
いいなと念を押し、渉さんは手を離した。

痛っい。
手加減無しでつままれていて、きっと跡も残っているだろう。
涙もにじんでしまった。

それでも、子供の頃にお父様を亡くしている渉さんの言葉は重たくて、何も言い返すことはできなかった。


「松田さん。すみませんが今日はお帰りください」
しばらく沈黙が続いた後、母さんが口を開いた。

「はい。突然失礼しました」
渉さんはすんなり帰って行った。

後を追おうとした私は、「栞奈」母さんに止められた。
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