maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

俺が蜂谷を認識したのは二年前。経理部に必要な書類を届けに下のフロアへ行った時だった。

蜂谷は隣の総務部の一番奥、窓側のデスクに座り、手にした書類に目を通しているようだった。

栗色の髪を耳の後ろでひとつで束ね、顔周りのおくれ毛が窓から差し込む陽の光に透けている。

男性社員に声を掛けられたのか、あからさまに嫌な顔をしていたのが遠目からでも確認出来た。

「ね、食事くらい良くない?なんならランチでもいいよ」
「すみません、仕事中ですので」
「美味しいイタリアンの店があるんだ」
「今回は書類に不備はないみたいですね。ありがとうございました」

清々しいほど全く取り合わない蜂谷に撃沈して去っていく男性社員とすれ違う。

その様子を見て少しだけ彼女に興味が湧いた。

「やだ、あすかちゃん。せっかくだから食事くらい行って来たらいいのに」

蜂谷の先輩にあたる庶務課の平野さんは三十代後半くらいだろうか。

産休育休を経て長く庶務で働いていて、蜂谷が庶務に入る前はよく備品を企画部まで届けに来てくれていた。

「仕事もしないで女の事しか考えてない人なんて嫌ですよ」
「あら辛辣」

バッサリ切り捨てる彼女に平野さんは笑うが、蜂谷の意見は至極真っ当だと思った。

会社には仕事をしに来ている。それを忘れたような人間が、俺の周りにも少なからずいたので大いに共感した。

それまでの彼女の印象は、平野さんの代わりに備品を届けてくれる新入社員の女の子。

当時は総務に可愛い子が入ったと企画部にまで噂が届いたし、初めて顔を見た時は「これは男共が騒ぐはずだ」と納得したアイドル顔負けの可愛らしい見た目。

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