結婚した次の日に同盟国の人質にされました!
 外のトマトと、温室の植物への水遣りを終えた頃、離宮の使用人がジルを迎えに来た。



「ジル様、ハイネ様が四阿でお待ちです」



「あら、外で食べる事にされたのね。すぐに行くわ」



 ブリキの如雨露じょうろを温室の棚に戻し、庭の中央部へと向かう。

 ミニチュアの宮殿を模した四阿は、その細い柱に桃色のつる薔薇が絡まり、とても可愛らしい。そのため、容姿のレベルが高い人間じゃないと、中に入ると確実に浮くという地雷スポットなのだが、カウチにもたれるハイネはまるで一枚の絵の様に空間に調和している。



(凄いわ、ハイネ様。黙ってると老若男女問わず誰でも魅了出来るんじゃないかしら……)



 感心しながら、四阿からやや離れて彼を眺めていると、剣呑な眼差しがこちらを向く。



「早く入って来いよ」



「あら、ごめんなさい。この薔薇があまりに可愛いから見惚れてしまいましたの」



「思いっきり俺を見てた気がするけど……」



「気にしないでくださいませ!」



 出来るだけ静かにハイネの向かいのカウチに腰かけ、不満そうな彼の顔を観察する。



「何?」



 ジルはハイネの顔を見ながら特別何かを考えていたわけではなかったが、彼がフリュセンに行っている間ずっと気になっていた事を聞く事にした。



「えっと……、私って本当にハイネ様と結婚するんですか?」



「藪から棒だな。アンタは嫌なの?」



「嫌というか、改めて目の前の方と夫婦になると考えると、緊張してしまうのですわ」



「緊張? ……アンタは一回結婚してるんだから、俺と再婚するとしても別に緊張しないんじゃないのか?」



「そんな事無いですわ。大公とはただ式を挙げただけですもの……。それに、その式ですら誓いのキスはフリでしたし」



「ふーん、それは良かった」



「良かった?」



「……っ! 緊張するのはお互い様って事だよ! 深読みするな!」



 ハイネの顔が真っ赤に染まるが、今の言葉のどこに赤面するポイントがあるのか不明で、首を傾げる。



(それにしても、私って大公とまだ夫婦なのよね……。夫婦になった実感すらないのだけど……)



 ジルは結婚しているといっても、まともな結婚生活を送ったわけではない。結婚式の後、大公の元を去るまで、何の価値も無い1日だった。こんな関係は早く終わらせたい。そういう思いで口を開く。



「私はまだ大公と離婚出来てないのですけど、この状態で再婚するのですか? 神は重婚を認めてませんわよ」



「俺に考えがあるから、任せてくれたらいい」



「私、大公と離婚出来たら別に結婚とか……」



「はぁ?」



「いえ、何でもありませんわ」



 お互い視線を合わせないまま、離婚と結婚の計画を話す。自分達は一体どういう関係と言えるのだろう? 話しが擦れ違い気味のハイネとの未来を破滅的だと予感してもいいはずなのに、大公と結婚する前よりも悪い気分ではない。かと言って、ハイネと愛の無い結婚をするよりは、友人として付き合いたいような気もするし、複雑な心境だ。



「あの……、お取り込み中失礼します。お食事をお持ちしました」



 離宮の使用人が気まずそうな顔をしながら声をかけてくれる。



「いつも有難う」



 ジルが微笑みかけると、使用人も笑顔を返す。もう離宮の使用人達とはだいぶ友好的な関係を築けているのだ。



「よくそんなにニコニコして疲れないな」



「あら? 笑顔は人間関係の基本ですわよ。ハイネ様の笑顔も見せてくださいませ」



「面白くもないのに笑うわけないだろ」



 ハイネはウンザリした顔でスープを口に運ぶ。その所作は貴人らしく優雅。粗雑な態度が目立つ彼なのだが、気を抜くとテーブルマナーが綺麗になる事にジルは気づいている。



 再び使用人が現れ、テーブルの上にスライスされたロッゲンブロートが運ばれて来た。



「庶民用のパンか」



「味わってみたくて、昨日オイゲンさんに買いに連れて行ってもらったのですわ。ハイネ様はお嫌いなのですか?」



「好きでも嫌いでもない」



 オイゲンの名前を出したのはまずかっただろうかと少し焦ったが、ハイネは特に気にしてない様だ。意外に心が広い事にホッとする。



「このパン、皇族に出される様な種類ではないですわよね? いつ食べられたのですか?」



「市場に出かけた時に食べたりだな。あ、そうだ。旨い食べ方教えてやろうか?」



 マルゴットには不評だったライ麦を使ったパンだが、美味い食べ方もあるのかと驚く。



「ええ、是非!」



「しょうがないな」



 ハイネは卵料理を運んできた使用人に声をかけ、アレコレと注文をする。

 この国の皇子であるハイネにお勧めの食べ方を直伝されるのだ。これが嬉しくないわけがない。



「楽しみですわ!」



「このままでも悪くないと思うけどな」



 ハイネはスライスされただけのパンを口に運ぶ。



(帝都で人気のパン屋で焼かれたものだし、意外と美味しいのかしら?)



 平気そうなハイネの様子を見ると、マズそうでもないため、ジルもパンを齧った。

 しかし残念ながら、独特の酸味が口に広がり、受け付けない味だ。



「う~ん……」



 一度齧った物を残すのはジルの意に反する事なので、唸りながらも頑張って口に押し込む。



「ぷぷ……。合わなきゃ残せばいいのに」



 面白そうに笑われ、目の前にクランベリージュースを置かれる。



「有難うございます」



「別に。あ、やっと持って来たな」



 母屋の方を振り返ると、使用人がバスケットを大事そうに抱え、こちらに猛ダッシュして来ていた。



「遅くなり、申し訳ございません」



 彼はすぐに四阿に辿り着き、バスケットの中からハイネに命じられた物を次々に取り出す。

 クリームチーズやスモークサーモン、生ハム、リンゴ、ジャム等々。

 大量に出て来た食材にジルは目を瞬かせた。



「ご苦労さん。もう下がっていいぞ」



「失礼します!」



 使用人を下がらせたハイネはライ麦パンを手に取り、クリームチーズとスモークサーモンを乗せてオープンサンドを作る。人の為に手を動かすハイネ姿をジルは再び唖然と眺める。



(明日は槍が降るのかしら……?)



「何だその顔? ほら」



 オープンサンドを手渡してくれるハイネはジルの様子に半眼になる。流石に失礼すぎたかと、ジルは誤魔化して笑った。



「ウフフ何でもありませんわ。有難うございます」



 もらったサンドは、茶色のパンの上に、艶やかなスモークサーモンと見るからにこってりとしたクリームチーズがどっさり盛られ、お世辞にも見た目がいいわけではない。なのに、とても可愛らしく見え、ジルは笑いそうになるのを堪える。サンドを回し、クリームチーズとスモークサーモンが両方口に入る方向から齧ると、その味は先ほどよりも酸味が薄れ、食べやすかった。

 ジルは少し不安そうな顔をするハイネに、頷いて見せた。



「さっきよりずっと美味しいですわ!」



「だろ? 味が分かる奴で良かった」



 彼は嬉しそうに笑いながら自分用に作ったオープンサンドを食べる。普段の嫌味成分はどこに消えてしまったのか?



 第一印象が最悪なので素直に認められないでいたが、ハイネと過ごす時間は悪くないと思い始めているのを自覚せざるをえない。



「けど、何でライ麦パンに興味を示した?」



 ハイネに問われ、ジルは自分の推察を伝えてみる事にした。
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