男嫌いな侍女は女装獣人に溺愛されている
「イネス王女様……」

 手袋越しに義手を撫でながら、ガルニールはそっと目を閉じる。
 思い起こされるのは、手を失った時の、痛み、恐怖、絶望。

 利き手を失い、戦うことが叶わなくなった時、ガルニールは死を覚悟した。
 そんな彼の前に現れたのが、アルチュールの天使──イネスだったのだ。
 彼女は聖母のような慈悲深い微笑みを浮かべ、情けなく「痛い」「助けて」と叫んでいたガルニールの手を取った。

 小さな手だった。
 あたたかな手だった。

「大丈夫です、わたくしがついていますからね」

 一言一句、違えず覚えている。
 あの時イネスはそう言って、ガルニールに微笑みかけてくれたのだ。
 傷が悪化し、左手を切り落とさなくてはならなくなった時も──手術なんて王女様が見るようなものではないはずなのに──そばについていてくれた。

 あの時、ガルニールは知ったのだ。天啓、とでも言おうか。
 友人らは「麻酔による幻覚を見たのだろう」と笑っていたけれど、そうじゃない。
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