偽装懐妊 ─なにがあっても、愛してる─
さらに十五分経ち、窓の外を流れる景色にまったく見覚えがなくなってきた。私は道順を目に焼き付ける。帰り道がわからなくなるのが怖かった。帰れなくなる気がしたのだ。
しかし交差点を二度曲がると、どの方角から来たのかすらわからなくなり、すぐに断念する。
「……どこに行くんですか?」
答えてくれないかと思ったが試しに尋ねると、彼は顎を動かし、フロントガラスを示した。それに従い、私も目線を前方へ動かす。
「ここ……?」
目の前に現れたのは、ヨーロピアン風の外観の立派なホテル。
広大な敷地に余裕を持ってそびえ立っているチョコレート色の建物で、ガラス張りの一階ラウンジからはティータイムを過ごすセレブたちが見えている。
「ここって、『ベイロット・ホテル』……?」
エントランスに刻印された金色のロゴを目にし、やっぱり、と思った。
都内に展開する高級ホテルチェーン。ここではないが、何度かパーティーへ呼ばれて系列施設を利用したことがある。
返事をくれないまま地下駐車場で降車する冬哉さんに、置いていかれないようについていく。彼はフロントへは寄らず、まっすぐエレベーターに乗った。