俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい


翌日、いつも通りに蒼泉と出勤した。

先週まで普通だったすれ違う社員が、私を見る目が変わったのがわかる。

私が蒼泉の秘書で婚約者。
皆それを知ったのだろう。

社長である蒼泉に対してと同等に挨拶をされたり、興味深い瞳で見つめられたり…黄色い声を上げていた女子社員からは若干の敵意さえ感じた。

これだけで朝から疲れたというのに、社長室のあるフロアに降り立った途端、例の人物が早速顔を出した。

「社長、おはようございます。本日から社長秘書補佐を務めます、有吉エリカです! よろしくお願いします……蒼泉さん」

エリカさんは私など視界の端にも映らないようで、蒼泉にとびっきりの笑顔を向ける。

「おはよう。 会社で名前呼びは止してくれ。それから、馴れ馴れしいその態度もやめろ」

文言は丁寧だから、蒼泉が言うのはその口調とスキンシップのことだろう。

かなり冷たくあしらわれ、エリカさんも朝から落ち込んで………はいなかった。
それどころか瞳をキラキラさせている。

こういうツンなところが好きなのね。

「社長秘書もあやめ一人で十分。 だからエリカ、お前には副社長の補佐を頼んだはずだ」

「社長だって私のこと、名前で呼んでるじゃありませんか! ふふ、私は全然良いのですよ」

「良くない。 有吉、お前はさっさと総務へ戻れ。 行くぞあやめ」

蒼泉。エリカさんと仲良いんだ。
自然に名前で呼んじゃうくらい。

私はエリカさんにちょこんと頭を下げ、蒼泉を追いかけた。



「社長ー、いいんですか? エリカさんのこと、あんなふうに扱って」

「いい。 父親同士が仲良くて幼い頃から会わされていただけだ。 それよりお前、あいつのこと知ってたのか」

それって幼馴染ってやつじゃないですか。
二人は、結構親密な仲だったらしい。
言うと怒りそうだから言わないけど。

「いいえ。 今日が初対面です」

嘘も方便。これからのエリカさんのアプローチに影響が出ないようにね。

不服そうな顔をする蒼泉に、さっきのエリカさんに負けないくらいの笑顔を向けておいた。




午後、社長にコーヒーを淹れようと給湯室に向かう。
そこにいた先客に、思わずうげっと声を漏らしそうになる。

「あら、陸さん。 どうしたんですかぁ」

振り向いたエリカさんはわざとらしく微笑む。
ここは会社だからか、妙に懐っこい口調に苦笑いする。

「エリカさん、そちらこそ、そのお茶はどなたへ?」

逆に質問を返してみると、彼女はあろうことかお湯呑みが乗ったお盆を持ち上げて言った。

「ええ、このお茶は社長へ持っていくところですの」

やっぱり。 人の仕事を取らないでほしい。

「エリカさん、それは私の仕事ですから、エリカさんは副社長へ差し上げたらどうです?」

「無理ですよ〜、副社長は今外出中ですから〜」

嘘よ。たった今社長室に副社長が顔を出したばかりだもの。
それをどう伝えようかと考えている内に、彼女は私の横をすり抜けていってしまった。

私は仕方なく、社長ではなく副社長へ持っていくコーヒーを淹れることにした。


社長室の隣、副社長室にコーヒーを持って顔を出すと、副社長、山倉さんは驚いて私を見上げた。

「部屋、間違えてませんか?」

「いいえ、間違えてません。 このコーヒーは、副社長に」

そう言うと彼は更に驚く。

「社長はどうされたのです?」

「ご心配なく。 社長にはエリカさんが持っていきました」

「有吉さんが……? 普通、逆ですよね」

状況を察したらしい山倉さんは苦い笑みを浮かべる。

私がコーヒーをデスクに置くと、彼は難しい顔をして呟いた。

「……まだ、諦められていないようですね」

コーヒーのカップを持ち上げる山倉さんの言葉に小首を傾げる。

「副社長も、ご存知なんですか?」

「ええ、まぁ。 僕と社長は同級生でしたし、有吉エリカさんの家とは繋がりがありまして。 五つ年下なので、妹のような存在でした」

なるほど。じゃあ、エリカさんは私の二つ下の二十五歳ね。
< 39 / 56 >

この作品をシェア

pagetop