俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい

「気をつけてくださいね。彼女に社長を取られないように」

副社長はしんみりした口調をやめ、冗談めかして言った。
エリカさんに蒼泉を取られないように……か。
難しそうな忠告だ。

微妙な笑みを浮かべる私を副社長は、小さく笑った。





有吉商事から代表して、社長令嬢のエリカさんが総務にやって来て二週間が経った。

この二週間で、私とエリカさんの会社での立場は見事に逆転した。

私が今まで行ってきた、社長の秘書という名のお世話係。
それらは全てエリカさんが様々な手法で私から取り去り、今や私は社長室か総務でのデスクワークのみになってしまった。

代わりに私は暇なので、副社長の秘書業務を請け負っている。

そんな私に家で不満そうな顔をする蒼泉だが、蒼泉も蒼泉だ。

私だって、そろそろ我慢の限界を越えようとしている。

仕事を横取りされ、顔を合わせれば蒼泉の隣にはエリカさんがいて。

それが面白くなくて、蒼泉とはまともに会話することすら少なくなっている。

今まで欠かすことのなかったあの濃厚なキスでさえ、最近は疎かになっている。
望んでいるわけじゃない。だから別にいいんだけど。

蒼泉がエリカさんにガツンと言えばいいのに、適当にはぐらかして躱してばかりて核心は突かない。

それをしないのは、単に面倒くさいからと、吸収合併があるから。

今、有吉商事との間に揉め事のひとつでも起こってみよう。
一条コーポレーションは有吉商事を潰そうとしている…なんて噂も立ちかねない。

規模でいえば一条コーポレーションの方が大きい。
有吉商事を潰そうなんて野暮なことは考えるはずがないが、先方が世間に訴えればどうなることか。

だから穏便に済ませたい。

蒼泉のその気持ちは分かる。

分かるけど………。モヤモヤするのだ。

蒼泉の秘書は私で、お世話係も私。

そう強く思う理由が、仕事を取られたから面白くないという単純なことだけじゃない気がする。

どうしてかは分からないけれど、私の心に少しずつ広がるモヤモヤは、どんどん大きくなっていて………。



その日、私が帰宅準備をしていると、蒼泉が側までやってきた。
なんだか機嫌が悪そうなのは、気のせいかしら。

「あやめ、今夜は――」

最後まで聞く前に、社長室の扉が勢いよく開いた。

「社長ー、準備できましたかー?」

「あー、まぁ…」

ノックもなしに入ってくるエリカさん。
この二週間で彼女は随分と肝が据わったようだ。
蒼泉の気のなさそうな返事にも屈さない。

「陸さん、これから社長とお食事に行くんです。蒼泉さん、借りますね〜」

借りますね〜が、狩りますね〜に聞こえるのは私が疲れているから?

エリカさんは私のことを名前で呼ばない。
私も一条になる身だからと他の方は名前で呼ぶが、エリカさんは違う。

彼は自分のものになるという自信でもあるのだろうか。

「お好きにどうぞ。 蒼泉、今夜は夕飯要らないってことよね。 帰りは何時になりそう?」

帰りの時間なんて、分からないわよね。
エリカさんに狩られるんだもん。そう簡単に返されるとは思えない。

それを分かっていて聞く私、意地悪な女だ。
蒼泉はバツが悪そうな顔をする。

「…なるべく早く帰るから……」

「分かった。 お二人共、ごゆっくりね。 じゃ、お先に。お疲れ様でした」

私の口調は刺々しいものになる。

私はどうして怒ってるんだろう。
何に怒ってるんだろう。

蒼泉がどこで何をしたって良いじゃない。関係ない。
外で愛人でも作れば?なんて思っていたもの。
だから蒼泉とエリカさんが愛人関係にあっても構わない。……はずなのに。

どうしちゃったのよ。

帰るのはいつも一緒じゃない。
だけど夕飯は、毎晩一緒だった。
残業があっても晩ご飯は家で私が作ったものを食べてくれた。
けど、仕事が終わらなくて私が寝てから帰ってくることも何回かはあった。

今回は、夕飯を食べられない理由が仕事じゃないから?

だから、寂しいって思ってしまうのだろうか。

嫌だって思ってしまうの?
一緒に帰って夕飯にしようよって思ってしまう?

モヤモヤが膨れ上がるのが分かる。
その原因は何?

考えながら、足早に帰宅した。

お風呂に入って、途中寄ったコンビニのお弁当を一人で食べた。
一人はやっぱり、寂しく感じた。
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