俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい
私の手には白菜、彼の手にはミニトマトが乗っている。
「クリスマスは、俺と過ごそう」
ん…?聞き間違いかな。何か今、クリぼっち脱却の単語が聞こえた気がするんだけど……
「陸あやめ。 俺と結婚しろ」
数秒…いや、数十秒、私たちの間に沈黙が流れる。
「は?」
やっとでてきた言葉は、とんだ間抜け声だった。
結婚?誰が?誰と?
そもそもなんでこいつ、私の名前知ってるわけ?しかもご丁寧にフルネームで。
こっちはあんたの名前どころか見たこともないから初対面のはずなんだけど、人違いかしら?
プロポーズする相手を間違えるって、視力に相当な問題があると思うんだけど?
この時点で、私の中で目の前のこの男は、〝彼〟から〝こいつ〟に成り下がっている。
「あなた、誰?」
一応、口では抑えて〝あんた〟ではなく〝あなた〟と言っておく。
「お前の夫となる男だ」
オット? なんだろう。新手の詐欺か何か?
「悪いけど私、詐欺に引っかかるほどチョロくないから」
「詐欺?失礼だな。オトウサマに教わらなかったか?人を無闇に疑うのはよくない、と」
失礼って、どっちがよ!初対面で人を〝お前〟呼ばわりするような奴に比べれば可愛いもんでしょうが!
それに私は、オトウサマにそんな教育を受けた覚えはないわ!
「もう一度言いますけど、結婚詐欺ならお断りです。家に、あなたが望むような払えるお金はありません」
「それは嘘だろう。お前の家はあの有名な和食店。それなりに儲かっているだろうし、詐欺師に払う金なんかたかが知れてるだろ。
もっとも、俺は詐欺師ではないがな」
怖いわ。どうして家のこと知ってるの、こいつ。
「そんな話、誰が信じると?」
「やれやれ。なかなかガードが堅いな。もっとオープンにいこうじゃないか。 見ろ。これで少しは信じる気になるだろう」
男はスーツの内ポケットから名刺を……ではなく、ズボンのポケットから一枚だけ、クシャクシャになった名刺を差し出した。
確かにそこには〝一条蒼泉(いちじょう あおい)〟の名が記されているが、その隣の役職名を見るに、やはりこいつは詐欺師だと確信する。
「あの一条コーポレーションの〝代表取締役社長〟?あのねぇ、詐欺師さん。詐欺るならもっと上手くやりなさいよ。こんなんじゃ、誰も騙されてくれないわよ」
バカにするのも程々にしてほしい。
誰もが知る超有名大企業の一条コーポレーションの社長が、こんなしわくちゃの名刺一枚でこんなところをほっつき歩いてるわけないじゃない。
食品系の会社で、私も一度は入社に憧れた会社のひとつだ。
「まだ信じないか。この名刺が悪かったな。あいにく、ものを綺麗に保つのが苦手でね。すまないが、少し待っていてくれ。今、新しいのを取ってくる」
あらあら。詐欺師さんも大変だこと。
立ち去る時でもそんなバカみたいな言葉しか言えないなんて。
小走りで店を出ていく男の背を見送りながら、哀れみのため息を吐き出した。
持っていたミニトマトは大根の上に乗っている。
手を出したのは詐欺だけで、万引きはしないのね。
可哀想に。どこで人生間違えたのやら。