DOLCE VITA  ~ コワモテな彼との甘い日々

わたしが「Souvenir」で働き始めたのは、たった半年前のこと。
つい最近だ。

最初は、ケーキを箱に詰めるだけでも大変だったが、いまではパソコンを使った売上の管理から、材料、ラッピングやデコレーション用の資材の発注まで、雑務全般を任されている。

もともと接客だけを頼まれていたのだが、失業して路頭に迷いかけていた自分を拾ってくれたオーナー夫妻に少しでも恩返しがしたくて、わたしにできることは何でも引き受けていた。

しかし、残念ながら十分恩に報いることができないままに、終わりそうだ。

料理はそこそこできるが、お菓子作りは大の苦手。

甘いもの――とくに洋菓子は、あまり好きではない。
進んで食べたいと思うのは、塩原オーナーが作るものくらいだった。


(わたしが腕のいいパティシエだったら、もっといろいろ出来たかもしれないのに……)


溜息を吐きそうになった時、店の電話が鳴り出した。


「放っておいていいよ、ももちゃん。必要だったら、ぼくが折り返すから」


オーナーが、再び叫ぶ。

自動で留守番電話に切り替わるし、営業時間外だから応答しなくても差し支えないが、何となく「ある人」からではないかという予感がして、電話に飛びついた。


「わたし出ますっ! ……お電話ありがとうございます、スヴニールでございます」


意気込んで受話器を取り、営業用のワントーン高い声で店名を告げる。


『……予約をお願いしたいのですが』


一瞬の沈黙の後、耳に聞こえてきたのは低く、オーナーが作るモンブランのようにほんのり甘い声。
予想どおり、数いる常連さんのうちの一人――「辛島(からしま)さん」だ。


(相変わらず、いい声だなぁ)


声フェチではないが、気を引き締めなくては聞き惚れてしまいそうなほど、彼の声は心地よい。


「かしこまりました。いつご用意いたしますか?」

『来週の金曜で』

「来週の金曜日ですね。承知いたしました。では、ご注文をどうぞ」


訊ねたものの、彼が何を頼むのか予想はついていた。


『ショートケーキとモンブランを、二つずつお願いします』


いつもと同じ注文に、つい笑みがこぼれる。

この半年、月に一度の時もあれば、毎週の時もあったりと、頻度はさまざまだが、彼が注文するのはその二種類だけ。数も必ず二個ずつだった。

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