終わらない夢
「ごめんよ優奈、こんなものしかできなくて」
「ううん。十分すぎるよ」
引っ越した当日に肉じゃがを食べられるとは誰も思わないだろう。せいぜいコンビニやスーパーのお惣菜程度だろうに。それなのに、何ゆえ申し訳なさそうな顔ができるのかが分からない。
父は料理好きで、家事全般は基本こなせるハイスペックなひと。前に職場でもモテそうだよね、と言っても『生まれてこの方モテたことなんて一度も無いぞ』と返されたが、たぶん気付いてないだけだと思う。
「ご馳走さま。これ台所に置いとくね」
「助かるよ、優奈はいいお嫁さんになれるなあ」
「私なにもしてないけど…」
たぶん父はモテるひとだ。

時刻は0時。父も仕事のために眠りについて、辺りは月明かりと手元の携帯の光だけが頼りとなった。満月のせいか、思っていたより明るい。慣れない場所での疲れも、布団は取ってくれるのか。
「ベッドはダメって言われたからなあ…」
畳が痛む、と言われたため、布団で寝ることにしたが、これも案外寝心地が良く、夢へいざなってくれそうだ。明日からはおそらく、人と関わる機会が多くなる。そうなると、いよいよ父だけに頼ってはいられない。早く自立しなければ。

この村での、夢が始まる。
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