料理男子、恋をする


翌朝起きた時に、ラインに入っていたメッセージを見てびっくりした。薫子は先に東京に帰ると言って、佳亮がメッセージを入れた時には、既に新幹線の中だった。

――『なんとかお父様とお母様に認めて頂きたいの。私に出来ることを探すわ』

そうつづられていた。辛い気持ちを抱えているだろうに、それに足をとどめることなく前へ進む。彼女の生き方を、改めて感じた気がした。

佳亮は一人実家の旅館に戻った。迎えてくれた両親は渋い顔をしていた。

「佳亮。あの娘(こ)だけはアカン。この旅館が被(こうむ)った災難を忘れるわけにはいかん」

低くそう言う父に、佳亮は反論した。

「薫子さん本人が悪いわけちゃうやろ? 薫子さんは今までずっと自分の実家の名前を負わされていて、でもそれに甘んじることなく仕事をしてきた人なんや。俺も大瀧建設の薫子さんを好きになったわけとちゃう。人としての薫子さんを好きになったんや。それをおとんとおかんには分かって欲しい」

「でもあの時この旅館があのまま順調に元の場所で営業出来とったら、お前も葉月や大輝の世話をすることなく学校で部活にも入れたやろ。大瀧建設には我が家全員が人生のある程度を狂わされとる。恨んだって仕方ないやろ」

確かにその時は辛い思いもした。友達とも遊べないし、女の子には振られるし。でもそのおかげで薫子と出会えた。自分の今までの不幸は薫子に出会う為にあったのだと思う。

でも両親はどうだろう。今年移築二十周年を迎えたが、観光地中心部からの地の利も悪く、思うほど集客が伸びていないという。中心部から遠いため、足を延ばしてもらう企画が必要だが、それを考えられるほど未だ余裕はないという。自分の土地を奪われたという傷は、子供だった頃の佳亮には分からない程、深い。

「あの娘を受け入れるには、私らの気持ちも整理させてもらわなあかん。急には無理や」

母がそう言う。確かにそうかもしれない。突然過去と対面することになって、両親も動揺したところはあるだろう。佳亮は出直すことを告げて、奈良を後にした。

< 120 / 125 >

この作品をシェア

pagetop