料理男子、恋をする
性と、部屋の中の人との会話を驚きいっぱいで聞く。扉が開かれ、女性に中へと促されると、部屋の奥の大きな机に座っていたのは薫子。しゃ、社長だったのか……。呆然としている視線の先で、薫子が人懐こい笑みを浮かべた。

「佳亮くん、無理言って悪かったわね。まあ、座って」

そう言って薫子は社長室にしつらえられているソファセットに座った。佳亮も座らないわけにはいかず、薫子の正面に座る。それでも何も言えない佳亮に、驚いた? と薫子はいたずらっ子のように笑った。

「今、リニューアルオープンの店舗の納期直前で忙しくて…。全然家にも帰れないし食事も不規則になるから、ほら、吹き出物も出ちゃって」

そう言って薫子が顎のところを指差す。本当だ。ぽつりと赤いものが顎に出来ている。よく見るとちょっとクマのようなものも出来ているだろうか。きれいな顔だけにやつれた印象になってしまって、目立つ。

「お弁当、楽しみにしてたのよ」

そう言われて、手に持っていた保冷バッグの中からタッパーに詰めた弁当を差し出す。

「ちょっと残り物で申し訳ないんですけど…」

こんなことなら、もっとちゃんと作ってきてあげればよかった。でも薫子は差し出された弁当に手を合わせて、早速箸をつけている。

「うん、美味しい。元気が出るわ。ありがとう、佳亮くん」

本当に美味しそうに食べるから、出来れば毎日お弁当を作って上げられたら良いのにと思ってしまった。せめて週末だけでも…。

「薫子さん。週末だけでも部屋に帰って来れませんか? 今までみたいに食事を一緒に摂ることは難しいと思いまけど、お弁当くらいやったら差し入れできます」

本当は持ってきてあげても良いのだけど、忙しそうなこの場所に部外者がのこのこと来るわけにはいかなさそうだ。そう言うと薫子は是非、と縋るような目で訴えてきた。

「もう何日もカップラーメンで、流石に飽きてたのよ…。部屋には帰れないけど、受付に託(ことづ)けてくれたら受け取れるように手配しておくから、佳亮くんの都合のいい時に食べさせてもらいたい。この忙しいのは春になれば終わるから」

薫子の言葉を聞いて佳亮は弁当を作ることを約束した。ありがたい、ごめんね、と言いつつ嬉しそうな薫子を見ると佳亮も安心する。
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