契約夫婦のはずが、極上の新婚初夜を教えられました
 その予感は的中したみたいで、大吾さんは見るなと言わんばかりに手で顔を覆い隠し、耳を赤く染めている。

「坊ちゃん……ですか?」
 
 少しだけ見える大吾さんの目を、覗き込むようにして見る。それに気づいた彼は顔を覆っていた手をはずし、決まりが悪そうな顔を見せる。

「……そうだ。まったく、賢三さんにも困ったもんだな」
 
 そうこうしているうちに、恩田さんは私たちのところに到着。歳は六十代と言ったところだろうか、若く見えるけれどかなりの距離を走ってきたのか息を切らしている。

「坊ちゃん。私になにも報告なしで、帰るつもりですか?」
 
 息を整えた恩田さんは大吾さんを睨むように、顔をグッと近づける。その迫力に、大吾さんもたじたじだ。

「賢三さん、近い近い。なんの報告があると言うんですか?」
「彼女、天海さんのことですよ」
 
 恩田さんはそう言って、私のことを指さした。突然名指しされて、なんのことだかさっぱりわからない私はキョトンと立ち尽くす。

「え? 私、ですか?」
 
 なんで急に私の名前が出てくるのだろう。酒造りの話を聞いているときに、なにか気に障ることでもしてしまっていたのだろうか。



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