契約夫婦のはずが、極上の新婚初夜を教えられました
 よくわからない関係に、気持ちがざわつく。自分の気持ちばかりが大きくなっているみたいで、心がひどく寂しい。

 結局このあともまだ忙しい、今日は時間がないからといろいろ理由をつけて、恩田さんには「話はまた後日」と酒蔵をあとにした。

 忙しいのは本当のことだけど……。

 運転中の大吾さんを、こそっと覗き見る。彼は黙ったまま、横顔だけでは何を考えているのかわからない。

「坊ちゃんって呼ばれてるんですね。子どもの頃からのお知合いですか?」
 
 無言の空間が苦しくなって、聞かれたくない話かもしれないけれどこっちから話しかけてみた。

「ああ。俺の母親は、俺がまだ幼かったころに病気で亡くなっている。父親は忙しい人だったから、賢三さんが両親の代わりによく遊んでくれた。あの人には子供がいないからか、俺のことを本当の息子だと思ってくれているんだろう。どれだけ感謝してもし足りない、かけがえのない存在だ。だからと言って、この歳まで坊ちゃんはないと思うけどな」
 
 そう言って大吾さんは苦笑する。ハンドルを握ってまっすぐ前を向いている彼の表情は変わらないまま、でもその声はどこか寂し気で、初めて聞いた大吾さんの話に胸が締め付けられる。



< 139 / 172 >

この作品をシェア

pagetop