契約夫婦のはずが、極上の新婚初夜を教えられました
 あれは一夜だけの夢。甘い夢は見続けるものじゃないと自分に言い聞かせてきたというのに、なんで再会してしまったのだろう。
 
 一歩ずつ近づいてくる社長から距離をとるように、少しずつ後ろへと下がっていく。でも社長のほうが歩幅が大きく、すぐに追いつかれてしまう。

「あっ……」
 
 不安げな声あげ彼を見上げると、あの日と同じような穏やかな笑みを浮かべる。でもそれをすぐに真顔に戻し、私を見下ろした。

「その顔は、俺を覚えているみたいだな。月菱酒造社長の菱川大吾(ひしかわだいご)だ。よろしく」
 
 そう言って差し出された右手に、目線を落とす。拒否するわけにもいかずその手に自分の手を合わせると強く握られ、そのまま引き寄せられて彼に飛び込むように身体がぶつかった。

「なあ、どうしてあの日、俺の前から黙って姿を消した?」
 
 有無を言わせず私を抱き留めた彼は、ぐっと顔を近づける。吐息が当たるほどの距離に、目すら逃れられない。



< 29 / 172 >

この作品をシェア

pagetop