カレシとお付き合い① 辻本君と紬

 実際、私は間違ったのだと思う。
あの3月の卒業式の日に。

 さっきまでの、あたたかい空間をなくした。
 でも、あのあたたかさを、私は感じてはいけないんだ。

 そんな資格ない。

 電車が駅についた。
辻本君はあれから黙ったままだった。

 この駅で降りて乗り換える。
私達、反対方向の電車に乗るから、バイバイって言わないと。
声がつまったように苦しい。

 辻本君は怒った顔で真っ直ぐ前を見ながら歩き続ける。
 なぜか私と同じ方面の方のホームに向かう。
確かな足取りで。

(えっ?)

小走りで着いていって、


「待って、」


って、つぶやいたが、どんどん先に行ってしまう。

 さっきの電車は空いていたけど、乗り換えの電車はちょうど夕方のラッシュで人が並んでた。
 辻本君は知らん顔で列にならんだので、後ろ姿しか見えなくて、目の前に彼の背中がある。
 こんな近さで男の子の背中を見たことないよ。
 また、初めてを辻本君と重ねてる。

 電車がホームにきて、少し押されながら乗り込んだ⋯⋯ 、

瞬間、

辻本君が私の腕をつかんで、抱き込むように引っ張った。
 電車の壁を背に、前に辻本君がいる。
 太陽とせっけんみたいな匂いがする。
 私より体温の高い彼の温度が伝わる。
 ラッシュから守ってくれるみたいに腕に抱かれる。
 涙がにじんだ。
 辻本君は、すこしかがんで、真っ直ぐ私を見た。
 怖いぐらい真剣な目だった。
 彼の熱い気持ちが丸ごと伝わってくるみたいに。

「オレにしろよ」

驚いてじっと見てたら、もう一度、

「オレにしとけよ」

と言われた。

「絶対、オレが1番、紬のこと好きだよ」

はじめて、こんな気持ちを、全霊を向けられた。
瞬間、全然違うと思った
あの『彼氏』と。

 全部が塗り替えられて、もう『彼氏』になったはずの数秒間から、ただ一度も会っていない、連絡すらない彼の顔が、もう思い出せない。
 あの時の告白の薄っぺらさがわかる。
違う全然。

 辻本君と始められてたら。


「私⋯⋯ 」


 涙が出て、辻本君に見入って、ギュと辻本君の制服のシャツを持った。


「でも⋯⋯ 」


たぶん、


「彼氏がいる」

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