君のブレスが切れるまで
「奏、おかえりなさい」
「……! 雨、早いね」


 電柱を挟んで前の方から、ビニール袋を持った雨が近づいてくる。マンションを通りすぎないと、こっちには来れないはずなんだけど――。


「少し急いだの。マンションに戻ろうかと思ったら、ここで奏を見つけて……」


 先に答えてくれる。そんな雨の優しさに私は少しだけ、笑顔を作った。


「それよりも、どうかしたの?」


 雨は首を傾げる。ここからじゃ彼女に花火大会のポスターは見えないが、別に一緒に行きたいなんて考えているわけじゃない。どうせ明日の天気は崩れるだろうし、家でゆっくりしたい。
 それを察してくれたように、ポツポツと空から雨粒が落ちてくる。


「あ、降ってきた。早く戻ろうよ」
「ええ、そうね」


 特に疑問は持ってないのか、雨はそう言ってくれる。
 途端、すごい勢いで降ってくる雨粒。私は慌てて傘を開き、雨の肩に身を寄せた。
 傘にバラバラという音と共に持ち手に衝撃が走り、地面はあっという間に黒く染まっていく。


「すごいどしゃ降りだ……家の近くでよかったね」
「…………」
「雨?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事」


 ワンテンポずれて返答してくれる。
 私の声が届いてないなんて珍しい、雨でも考え事するんだ。
 ……なに考えてるの私は。雨だって人間なんだ、考え事くらいするでしょ。
 失礼なことを! と自分にツッコミを入れ、私は考えを改める。けど、そう思ってしまうのはやっぱり、雨がどんな時でも無表情だったからかもしれない。


< 130 / 270 >

この作品をシェア

pagetop