君のブレスが切れるまで
「どういたしまして」


 あれ……私、憎まれ口を叩いたはずなのに、その言葉はおかしいよ。
 だけど、彼女はそれ以上何も言わず、私の手を握ると一緒に階段を上がってくれる。
 とてもあたたかい手。その手の温もりはまるで私を安心させるように優しくて、彼女が幽霊などではなく、この場にいるのだとそう教えてくれたようだった。


 階段を上がりきってから傘を畳むと、それに付いた水滴を落とす。少しだけ振ると、濡れてない白い地面がすぐに黒くなって滲んでいく。
 まるで白い心を黒く、塗りつぶしていくみたいに。


 そんなことをしていると奥の部屋、位置的には私の家と同じ場所の鍵を開ける音が聞こえた。随分、鍵を開けるのが遅かったみたい。


「ちょっと錆びているからか、鍵が回りにくいの。遅くなったけど……さ、入って」


< 68 / 270 >

この作品をシェア

pagetop