溺愛予告~御曹司の告白躱します~

同期の水瀬は半年前の三月まで私と同じこの営業課にいた。
今年の四月に建築企画課の首都圏プロジェクト室という都市再開発事業をメインにする部署へ移動になった。

エリートの集まりだと言われる首都圏プロジェクト室に入社四年目で配属になるなんて、水瀬は本当に凄い。
御曹司であるがゆえに親の七光りだなんて口さがない事を言う人もいだけど、営業課にいた二年間の彼の仕事ぶりを見れば、恥ずかしくてその口を噤むしかないだろう。

もちろん私だって水瀬が実力で企画課に異動したと正しく理解しているから、三月の営業課で開いた簡単な送別会では盛大に栄転を祝った。

今後は気軽に仕事帰りに愚痴を言い合いながら飲むなんてことは出来なくなるのかなという自分勝手な感情に蓋をして、順当にエリート街道をひた走る同期に尊敬の眼差しで『おめでとう。頑張ってね』と伝えた。

『サンキュ』とお礼を言いながらも少し寂しそうな顔をしていて、二年間いた営業課にそんなに愛着を持ってるなんて、水瀬も可愛いとこあるんだなぁなんて感慨深く感じながら見送った。

そんなわけで同じ部署に『水瀬』がふたりいるわけじゃないし、自分の中で同期の水瀬と後輩の水瀬くんで区別は出来ていたんだけど。
彼にとっては同じ名字で他の誰かが呼ばれているのは紛らわしく感じるのだろうか。

「ん、わかった。爽くんね」

半年も経った今さら呼び方を変えるのも若干気恥ずかしいものがあるが、それを出すほうがおかしな雰囲気になりそうでなるべくあっさり呼んだ。

水瀬くん…爽くんも特別気にしてはいないのかひとつ大きく頷いただけで、左頬に保冷剤を当てたまま資料を鞄に詰め込んでいる。

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