純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―

 熱く抱き合う姿は有美にしっかりと見られており、そのあとたっぷり冷やかされた。兼聡とカツレツの件も有美が説明し、時雨が抱いていた不安はようやく晴れたようだ。

 店を出て、家までの十五分ほどの道のりをふたりは並んで歩く。とうに日が暮れて辺りは闇に包まれており、一段と寒さが厳しくなっている。にもかかわらず、抱きしめられた余韻で睡の身体は温かかった。

 しかし、時雨の不機嫌さはまだいまいち治っていない。


「まさか俺がふられるとはね」
「すっ、すみません」


 無表情で呟かれ、睡は口の端を引きつらせて謝った。

 廻しを取った遊女が自分のもとへ来ないことを〝ふられる〟という。本物の旦那である彼を優先しなかったのは、やはり少々決まりが悪い。

 とはいえ、時雨も大人だ。「まあ、仕事だったなら仕方ないな」と割り切り、気持ちを切り替えるように白い息をひとつ吐き出した。

 睡はせめてもの罪滅ぼしに、昼間言ったことを実行しようとする。


「約束なので、なにかしてほしいことがあればおっしゃってください。なんでも聞きますから」
「俺の命令でなにかをしてもらってもあまり嬉しくはない」


 純粋な厚意で言ったものの、時雨の返事は素っ気ないものだったので、睡はしゅんと肩を落とした。
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