呪われ聖女、暴君皇帝の愛猫になる 溺愛されるのがお仕事って全力で逃げたいんですが?

「嗚呼、やっと来たか」
 背後から声がして振り返ると、口髭と短く刈った顎髭が特徴の年老いた男性が立っている。
 シンシアは一礼した。
「お待たせして申し訳ございません、ヨハル様」
ルーカス同様に黒の祭服と権威を表す組紐文様の刺繍が入った緑の肩掛けを身につけていて、手には大神官だけが持つことを許される聖杖が握られている。樫の木でできた杖の先には魔除けの丸い翡翠がはめ込まれ、金糸の飾りが垂れていた。


 教会の階位は全部で四つある。大神官の樫賢者(ドルイド)、神官は二つ階位が存在し、上から予言者(ウァテス)詩人(バルド)。そして一般の修道士及び修道女という順だ。
 聖女であるシンシアはこの階位には当てはまらない。強いて言うなら樫賢者あるいは予言者辺りに相当する。ルーカスは神官の中の詩人だ。

 大神官であるヨハル は浄化以外ならなんでもできる。さらに人よりも数倍魔力 感じやすい体質だったため、これまでに多くの優れた修道士や修道女を見出してきた。
 それはシンシアも例外ではない。ゴミ溜めのような貧民街を彷徨って空腹で倒れていたところを助けられたのだ。
 ヨハル曰く、見つけた時のシンシアは聖女の力を宿し始めたばかりで非常に微かな魔力だったらしい。
(今は年のせいで魔力を感じる力は人並みになってしまったけど。あの時ヨハル様に見つけてもらえなかったら、私はきっとここにはいない)
ヨハルは命の恩人であり、父親同然の存在だった。

「私にご用とは何ですか?」
 すると、ヨハルは浮かない顔をして逡巡している。
「……どう話して良いのか分からないが、大変なことになってしまったんだ」
「そんな深刻な顔をして。……まさか、また足の水虫が悪化したんですか!?」

 ヨハルの水虫は何故か治癒が効きにくいとても厄介な水虫だ。先日、彼が使ったスリッパをうっかり履いてしまった修道士が犠牲になったばかりである。
 祈るように手を組んで修道士を哀れんでいると「そうじゃない!」とヨハルが激しく首を横に振ってきた。

< 11 / 219 >

この作品をシェア

pagetop