呪われ聖女、暴君皇帝の愛猫になる 溺愛されるのがお仕事って全力で逃げたいんですが?


 ここでの顔面凶器は二つの意味を持つ。眉目秀麗な美男である意味での顔面凶器と『雷帝』の異名が納得できるほどに殺気に満ちた顔面凶器。飴と鞭の顔といった方が分かりやすいのかもしれない。

(美形の怖い顔に迫られるなんて一生に一度もない体験だろうけど、こんなの拝みたくないわよ)
 シンシア否定を込めて必死に首を横に振るがイザークは気にしていない。

「今まで猫に近づくことすらできなかったんだ。存分にもふもふするぞ!」
 高らかに宣言するイザークはシンシアを空高く掲げたまま、ご満悦でくるくると回った。



「陛下」
 すると数人の騎士と文官の格好をした青年がどこからともなく現れ駆け寄ってきた。
 皆、息を切らしてひどく疲れ切った顔をしている。

「キーリ」
 イザークはシンシアをしっかりと胸の辺りで抱え直すと咳払いをして文官の青年を呼んだ。


 片眼鏡を掛け、銀色の長い髪を後ろで一つに結ぶ青年は見覚えがあった。
(あ、この人はイザーク様の側近で宰相のキーリ・マクリル様だ)

 彼はこれまで貴族たちの汚職を数々暴き、問答無用で処刑台送りにした男だ。
 貴族たちの間では雷帝に続いて敵に回してはいけない男と言われている。
 生真面目そうな印象の青年は安堵の息を漏らした。

「突然救護所付近へ行くと言って宮殿を飛び出したかと思えば現地に陛下のお姿はなく。何故このような川辺に? ご無事でなによりです」
 キーリの言うとおり、どうして雷帝と恐れられる人が川辺で倒れていたのかシンシアも気になった。

「心配をかけてすまなかった。それについては後で説明する。今は火急に宮殿へ帰らなくては」
「かしこまりました。すぐに転移魔法を展開します。――ところで抱いているのは猫では? 触れて大丈夫なのですか?」
 キーリはイザークと間を詰めて誰にも聞こえないように声を潜める。

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