恋愛境界線

だから、仕事が終わった後にこの服を返すことは、思った以上に難しい。


かと言って、人目の多い仕事中に個人的に若宮課長に何かを渡す姿を見られてしまったら最後、女子社員の間で変な憶測と噂が飛び交ってしまいそうだ。


「……これ、いつになったら返せるんだろう?」


紙袋に入ったワンピースを見下ろしながら、少しだけ憂鬱な気分になる。


借りっぱなしの状態そのものが落ち着かないし、何より手元にあると嫌でもあの日のことを思い出してしまうから。


そんな憂鬱な思いを抱えたまま、自分のマンションへ向かって帰り道を歩いていると、次第に消防車のサイレンや人の声等が入り混じった喧噪(けんそう)が聞こえてきた。


何事だろうと思いながら、自分のマンションまで目と鼻の先という所まで辿り着く。


「……嘘、でしょう……?」


見上げた先、自分の住むマンションの中頃から、灰色の煙が勢いよく立ち上っている。


わずかにオレンジ色の炎も窓から噴き出していて、間近で見るとかなりの迫力があった。


それが自分の住んでいるマンションだと思うと尚更現実味がなくて、不謹慎にも映画のワンシーンでも見ている様な気分になった。


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